大相撲は神事かスポーツか
こんにちは、心のソムリエ 橋本文隆です。
八百長事件で大相撲が揺れています。
大相撲は、スポーツと神事の両方の顔を持っています。
この2つは全然違うものですが、どちらでもある、という曖昧さは、いかにも日本的です。
何の問題もないときは、それが功を奏します。
ところが問題が起こってくると、その曖昧さが命取りになります。
神事なら神事としてやることを明確すればよいのですが、そこにスポーツマンシップなどが入ってくると、神事でなくなってしまいます。
神事とスポーツを包括するような、より高次元の立場に立てばいいのですが、どちらも中途半端になることが多いようです。
立場が明確でないコミュニケーションは、すぐにブレます。
政治の世界を見るとよく分かります。
党の綱領がない民主党は、言っていることがコロコロ変わります。
これは寄って立つところが明確でないからです。
立場を明確にして意思決定を進めることは、日本人が苦手とするコミュニケーションのひとつです。
その曖昧さが、うまくいくときもあります。
しかし危機的状況を打破し、ものごとを前進させるためには、
明確な立場が必要となります。
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