失礼いたします。管理本部の前田です。初夏のような暑さの後の冷たい雨、また暑い週末、体調を崩しがちですが、皆様ご自愛くださいませ。

表題は、故山際淳司氏のスポーツノンフィクションとして有名な短編です。この21球とは、ある年の日本シリーズ第7戦において、9回裏に江夏豊投手が投じた球数なのですが、1点リードの9回裏、ノーアウト満塁の場面でマウンドにいる江夏投手と、ベンチも含めた当事者達の思惑、作戦、感情の動きを、当事者への取材とベンチ外から見ている解説者の目線も交えながら仕上げたとても印象的な作品です。

ただ、本日は書評をしたかったわけではなく、この「江夏の21球」に関係する一人の野球人の死を悼み、哀悼の意を表したいと思います。

その野球人とはもちろん衣笠祥雄さんです。鉄人と呼ばれ、連続試合出場世界1位(当時)の記録を持つほか、通算安打、通算本塁打共に歴代トップ10以内を記録した70年代から80年代を代表する大打者の一人で、国民栄誉賞の受賞者でもあります。

この方は記録も素晴らしいのですが、その暖かな人間性を示すエピソードがいくつもあります。デッドボールもこの方は多かったですが、ぶつけられて怒ったことはほとんどなかったのではないでしょうか。連続試合出場が続く中、ぶつけられて肩付近を骨折した翌日、代打で出場し3球フルスイングで三振した後、「1球目はファン、2球目は自分、3球目は昨日ぶつけられたピッチャーのために振った」と。もちろん、ぶつけたピッチャーが今後萎縮することがないようにとの気遣いでしょう。

また先の9回裏、後に優勝請負人とも言われた江夏投手が背負ったピンチの場面、ベンチはブルペンにピッチャーを向かわせるのですが、江夏投手のプライドは傷つき、怒りそして動揺します。そんな時、マウンドに向かい、「お前と一緒にオレも辞めてやる」と一声掛け、それで江夏投手が冷静さを取り戻すというシーンがありますが、この一声がなければどうなっていたか。クライマックスとなる「江夏の19球目」はなかったかもしれず、江夏投手も「あれは嬉しかった」と語っています。

引退後はテレビ解説者としてご活躍されました。ややごつい風貌(失礼!)に似合わぬやや甲高い声の解説は、決してプレーする選手を貶めることはなく、やさしく、暖かく見守っているようでした。

同じ時期、同じチームでプレーしたミスター赤ヘルこと山本浩二さんの存在もあり、スーパーなスターではなかったかもしれません。G党だった子供の私は、打席の度「三振三振」とニヤニヤしていたものです。まあフルスイングを信条とする方なので、三振も多かったのです。ですが、そのフルスイングはファンの記憶の中に残り続けるでしょう。

野球界のみならず、各界で昭和を彩ったスター達が泉下の客となっていくのは寂しいものがありますが、平成(こちらも来年までですが)のスターの活躍にも大いに期待したいです。本当に、今年こそは頼みますよ、ヨシノブ監督。