いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は大阪拠点の川口が
お話させていただきます。
最近、胃腸を壊してばかりだったので、
健康的な食事をしようと思い、
グリーンカフェに行ってきました。
しかし、また胃腸を壊してただいま絶不調です(笑)
さて、本日は「大人としての当たり前」というテーマで
お話できればと考えております。
先週、幼いころから仲のいい同級生と遊びました。
年に何度か彼女とは会っているのですが、
その度に同級生でお互いに仲のいい友人のことを
「まるくなったよねー」と懐かしむことが定番です(笑)
「まるくなった」というのは決して
不良だった人が更生したというわけではなく、
どちらかというと「大人になったよね」という意味で使用しています。
そのようなところが具体的に大人になったのか?
そんなことをなんとなく振り返っていると、
気づいたことがありました。
それは次の3つであると感じました。
・お金の大切さを理解している
・お客様がいることの大切さを理解している
・自分のやりたいことを理解している
あれ、これって・・・
めっちゃ当たり前のことじゃん・・・
しかも、
誰もがどこかのタイミングで
絶対に感じることじゃないか・・・?
誰かが大人になったのではなく、
全員、大人になっているということ。
当たり前ですが、
私もどこかのタイミングで養ったことでした。
では、なぜ私も大人になったことなのに、
友人に対して「まるくなった」と感じるのか、と考えてみると、
やはり“ギャップ”であると納得しました。
私が友人と「まるくなったよねー」
と思う友人たちはこれまでに
数々の武勇伝をたくさん残していたのです。
~武勇伝一部~
・すぐに周りの子たちと口ケンカをはじめて大ごとになる
・仲のいい子と一緒にいたくて周りの人を説得し回る
・アルバイトでお客様に不良品と分かった上で提供する
・やると決めたことを続けられず何度もはじめて失敗する
※個人情報のため、話をぼかして伝えています(笑)
・・・とはいっても、もう時効ではありますが、
様々な武勇伝を持っている友人たちが
当たり前ですが真面目に働きながら、
楽しそうにしている姿を見ると嬉しくなります。
・お金を稼ぐことの大変さを知らずに
・お客様に対してどう接するのか分からずに
・自分のやりたいことが継続できていない
そんな友人たちを傍で見ているからこそ、
その変化が大きければ大きいほど
同じ歳でも友人として嬉しくなるものですね。
決して上から目線とかではなく、
純粋な私の昔話から得た初心へ返る気づきです!
だからこそ、今更で、当たり前ではあるのですが、
・お金の大切さを理解している
・お客様がいることの大切さを理解している
・自分のやりたいことを理解している
この3つの気持ちを私も捨ててはいけないなと思いました!
長文お読みいただきありがとうございます(^^)
明日は福岡拠点長!柴田さんです!