昨夜も素晴らしいご縁をいただきました。
この活動を始めて本当に感謝していることは、素晴らしいご縁に恵まれているということです。
本当に「出逢いは宝」です。
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さて、昨日の続きです。
(昨日の記事はこちら→「なぜパキスタンでNGO活動するに至ったか~その①~」 )
そうそう、パキスタン行きを決めたまでは良かったんです。
それから、いろいろ大変なことに気がつきました。
気がついちゃったんですねぇ!
まず、当たり前ですが、「言葉が通じない」ということ。
そもそも英語がほとんど話せない状況での海外一人旅だったのに、
(この時、ほんとに I want to ~しか言えないレベル)
現地ではウルドゥー語が公用語なので、めっちゃ不安になりました。(冷や汗)
そして、宗教が「イスラム教」ということ。
それまで宗教に無頓着だった自分が、厳格なイスラム国家に行くということへのプレッシャーです。
勉強した方がいいのかな?
どうしよう~!(大汗)
さらに、「治安が非常に悪い」ことでした。
世界の治安が悪い国ランキングというものもあるようでして、
パキスタンは堂々のトップ10入りをしていたんですね。
ひえ~ひえ~!(滝汗)
でも、まぁ予約しちゃったものはしょうがないということで、旅行は決行です。
友人の紹介で、パキスタン人でのホームステイ先を確保できて、
そのファミリーが空港まで迎えに来てくれるというのだから、大丈夫なはず!
僕はタイ航空(バンコク経由)でパキスタンに向かいました。
バンコク~ラホール(パキスタンの都市)までの道中は、
パキスタン人のこどもたちと終始ジェスチャーを交えながら話をして楽しい時間を過ごせました。
いざ、パキスタンに到着すると、迎えに来てくれているはずのファミリーが居ない。。。
どこを探しても居ない。
30分待てど、来ない。
すでに現地時間では夜の10時。
「俺はだまされたのか!?」と思いました。
周りには、タクシーの運転手らしき人が声を掛けてきます。
うーん、すべて怪しくしか見えません。
その時、僕は初めての海外一人旅だったので、
よりによって、かなりの米ドルを持っていました。
「取られたら終わる!なんとしても死守しなければ!」
恐いので、空港内に戻ろうとしたら、警備のマシンガンみたいなの持ってる人が入れてくれない。。。
「あ~、どうしよう、どうしよう。」
と待っていたら、たしか40分遅れくらいでホームステイ先のファミリー総出で迎えに来てくれました。
どうやら、出国と入国のゲートを間違っていたとのこと。
「もう、しっかりしなさいよ!」と言いたくても、英語で何て行っていいのか分からないまま、
とりあえず、ホームステイ先に向かいました。
このホームステイ先のファミリーが素晴らしいファミリーでした。
特に長男のアニールは僕より3つ年下でしたが、
若い頃から、自分の稼いだお給料で教科書を買い、
農村部に住む貧しくて学校に行けない女性やこどもたちに対して、
無償で読み書きを教えるという活動をしていた青年でした。
この青年アニールから、パキスタンの現状をいろいろ教えてもらいました。
インフラのこと、文化のこと、貧困のこと、教育のこと、宗教のことなど。
実はホームステイ先に到着したとき、辺りは真っ暗でした。
ろうそくの火でのお出迎えです。
後から分かったことですが、パキスタンは電力不足が原因で、
停電が慢性的な国でした。
富裕層は発電機を購入していますが、中流以下の世帯では、停電が生活と直結していました。
ホームステイ先も中流の家庭だったため、
パキスタン滞在中は、常に停電との戦い(?)でした。
暗い部屋で少しの灯りの中で、本を読んだり、日記を書くしかありません。
また、ホームステイ先があるFaisalabadという都市は、水が塩辛いのです。
塩分濃度がきっと濃いのでしょう。
歯磨きするときも、塩水でうがいをしているようなものでした。
電気と水。
これだけ比較するだけでも、日本という国がいかに豊かなのかを実感できました。
今回の旅の目的が特になかった僕は、次の日から農村部に連れて行ってもらうことになりました。
そこで、彼が教えてきた生徒たちと会わせてもらえることになりました。
そこで、リアルな貧困、リアルな教育の現状を知ることになるのです。
「なぜパキスタンでNGO活動するに至ったか~その③~」に続く。。。
(↓パキスタンにおける停電の中の一風景)
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