お祈りをしようと起きたのが夜10時半頃
起き上がるのに腰が痛くて
祈りながら眠くなりそこから30分もすると
愛犬も起きた
どうしてもこのサイクルから抜け出せない
腰は以前ギックリ腰を繰り返してから弱くなった
体重計に乗ろうとするも不安定になった
フラフラして安定しない
平衡感覚がおかしいと思ったがそれよりも腰が気になった
腰が定まらない 力が入らない
ふらふらとするはずだわ と思った
腰が支えているのだから
その腰に力が入っていないと思った
肩も首も痛い 腿裏は力を入れるとつりそうになった
雪かきはからだ全体で行なうから力は分散されても
冬以外は使わない機能だから
必要以上に負荷が入る
筋肉も少ないので痛みは直に来る
力を入れたくても腰が要
この一週間は屋根雪と格闘していた
きのうも日中にあったし
降雪があるたびに屋根雪の落下は免れなかった
除雪車の置いていった雪も関係する
重くてかたい雪を片づけるのだから
予想以上に腰に負担がかかる
朝起き上がれないのは当然の話だった
昨年の雪もひどかったが今年も予想以上に苦しい
低温が続いている…おかしい
本来の冬はこうではないはず
冬は雪が降るが外出が困難な日が続くことは
考えられない たまにあるけど‥
手指が白くなった時の画像
特に中指が強かった
頬に指を当てると氷のように冷たかった
本来節約は主婦が考えるべきだが
そうではない人もいるようだった
家庭内の金銭のやりくりをするのは主に主婦である
子どもを育てながら自然の成り行きだが…
それが伴わなければ自分たちだけで賄える
それでも支障があるならばどこかに原因はある
自分の行いもあるだろうが本人は気づかない
それも悲しいよね
相手の行為は目についても自分の行為には気づかない
必死になって相手の行為を観察し改めようとするが
本人の行為には目もくれない 見えないのだね
見えるようにするためにどうすればいいのか
そこに気付くとわかりやすい
自分の思考が極端に隔たるのは
例え病気が原因だとしても
狭い分野の思考だけで処理するのは無理であって
やはり世間の荒波に揉まれないと
世間どころか人との関係もギクシャクとする
同じ思考の人とつながりやすく 解決策はいっぱいあるのに
そこに辿りつけない
10ある解決策が半分以下に狭まることに
思考が広がるともっと自由度は高まる
一度に何種類もの家事を行っても
平気でやり遂げる人もいる
逆に一つを片づけてから次の工程へと進む人もいる
時間がいくらあっても足りない
臨機応変に対応できないのだ
肉体と精神が充実するとどちらも有効に使える
肉体は強くても精神が弱ければ成り立たず
精神が強くても肉体が弱ければ成り立たず
できれば両方が充実していればいい
考え方が弱ければ自分の脳をコントロールできない
よって思考もおかしくなり
おかしいをおかしいと思わない
肉体である体もコントロールできないのだから
ちょっとしたことがわからない
間違えた情報に基づき行動するから
どんどんおかしな方向へと導かれる
わたしたちは神の考えの元に基づき動くが
信仰していない者ははるかにおかしい言動になる
逆に信者であっても間違えた方向に導かれる者もいる
わたしはまだ完全ではなく
完全な愛と真理を求めているから
今も不安に思うことは多い




