昔テレビで見て知識としては知っていたいわゆる「人肉食」の遭難事故。
本著は、1972年10月13日にウルグアイ空軍の571便機(フェアチャイルド機)がアンデス山脈に墜落した航空事故を書いたドキュメンタリー小説。
イギリスの作家ピアズ・ポール・リード (Piers Paul Read) 著作で、平凡社から出版され後に新潮社で再録されたもの。
今はもう絶版となっており、中古でしか手にはいらない。geminiにお勧めされて読むことにした。
この事故は人肉食ばかりがキャッチーに取り上げられるが、それは決して本質ではないことがわかった。
極限状態で群れの秩序かどう維持され、乗客45人中16人が生き残った奇跡につながったのかという所が大変興味深い。
『無人島の十六人』でもあったが、自身を自制すること、論拠のないポジティブ思考ではなく自然や状況を適切に観察判断して行動できる実質志向が大変大事であることが分かった。
かといって、ペシミスティックに悲観したり諦観して何もしないのは群れにとって害悪で、どう、役割を果たして集団の生命維持に役立てるかがとても大事であることも分かった。
この集団が生き残れた主な要因は、搭乗者の集団が、ラグビー国際大会に出場するために、オールド・クリスチャンズのチームメンバーであった大学生を中心とした集団の統一性(若い、体力あり、役割が明確化されているラグビーという競技、クリスチャン)があったこと、ラグビー以外のその他の集団も親族関係が多く集団としてバラバラだったわけではないことがある。
当時19歳の医学生であり人肉食を提案したロベルト・カネッサは、4200メートルの墜落現場から最後の下山をして救助を求めるところでも活躍した。
その実、神経質でナンド・パラードほどの体力もなく、役割と機能で集団から一目置かれる存在であった。
最後の下山で活躍したナンド・パラードは体力おばけであり、性格も良くよく働くので皆の人気者であった。
一方、この事故で母親と妹そして親友が長く苦しんだうえに死んだため、最終的には神の存在にすがるよりも人間による行動の結果や人生の過ごし方について実質主義者になったようだ。
小説を読んで最もすごいと思った事は、アドルフォ・"フィト"・ストラウチを中心とする従兄弟のエドゥアルド・ストラウチ、ダニエル・フェルナンデスのドイツ系のストラウチ一家で(wikiにもさしたる情報は載っていない)、彼らは事故当時24-26歳でラグビーの面々よりやや年上であったため、最終的には遺体からの肉の切り出し係りを担い、どの遺体から切り出した肉かを黙秘し、淡々と仕事を行い、集団の秩序維持に貢献した。
精神的にも肉体的にも異常な暮らしをした彼らが、事故後どのように過ごしたかが描かれているのも興味深かった。
日本人の私にはあまりよく理解できなかったところは、宗教的な考え方のところで、特に遺体を食べなければならない時の思考の転換は興味深かった。
彼らはあの状況で、キリスト教の「聖体拝領(せいたいはいりょう)」と同一のもの(その後、同一ではないが、害意があるわけではなく極限状態では罪ではないということが後に公にされた)、つまり、亡くなった友人の肉体を「生存のための糧(ギフト)」とするという形でスピリチュアルに昇華させた。
「友のために自分の命を差し出すことほど偉大な愛はない」という聖書の言葉を拠り所にすることで、彼らは「遺体を冒涜しているのではない、友の愛を受け取っているのだ」と脳内を再定義した。
まだ、苦しいときほど宗教(行動を正当化するための強固な物語)というのは大事なのだなとも思った。
とても良著であったので、絶版になってしまったのは少し悲しい。