彼については、あまり、こういう風に、言葉で表すことが正しいとは思わないのだけれど、
一度、書きとめておくことも必要なのかもしれないと思い、書くことにしました。

彼は、見たままを受けとめ、あるいは感じることが、いちばん大切で、
解釈や分析や推測や説明など必要のない表現者だと思うので。



いちばん最初に彼を知ったのは、地元のローカル番組の特集だったと思います。

もう、10年くらい前、かな?

マッシュルームカットで、華奢で、ビールマンをやってて、タレ目さんで。

ん?女の子…?じゃないよね…?
って印象で。

でも、ものすごく表現力があって、感情豊かな男の子。


その次はたぶん、「CHANGE」を滑ってたと思うので、何かのエキシビですね。

ものすごくリズム感が良くて、ダンスが上手くて、人を惹きつける何かを持っている人。

まだまだ体力が足りないけれど、気持ちは誰よりも前を向いていて、
“もっと、もっと!”と上を目指しているように感じました。


そして、ロミオとジュリエット。

今は、試合やアイスショーにも行きますが、この頃の私はテレビでしか試合を見たことがありませんでした。

そんな中、こんなにもプログラムに思いを込めることが出来るのだろうか…?という思いでした。


テレビは、やっぱり目線が自分のものではないので、どうしても視野が限られてしまう。

本来なら伝わるであろう表現が、演出側の意図的な切り取りによって、伝わらないこともある。

それでも、見ているものに伝わるということは、切り取る側をも巻き込んで、引き込んでしまったのか、
あるいは圧倒的な表現の波が、全てを飲み込んで押し寄せたのか…?

いずれにしても、その演技は演技を超え、たくさんの人の心をとらえたのだと思います。


その後、トロントへ渡り、おそらく色々な思いを抱えながら、オリンピックを迎え…。


私事ですが、ショート・フリー共に、日本時間では夜明け前の時間帯で、仕事もあったので、
もし起きれたら見よう、くらいの気持ちでいました。

でも実際は、6分間練習の時に両方共、目が覚めて。

タブレットの画面を見ながらガッツポーズをして、ものすごく嬉しかったのを覚えています。


それから彼は、時の人になって。

世界一の称号を胸に抱き、その重圧も感じ。

そして、多くの壁を、
乗り越えてきました。


……、乗り越えて、と言葉で表すのは簡単ですが、
彼だからこそ成し得た道のりであったのだろうと、その時その瞬間の、彼の思いや不安や葛藤を思うと、
決して、第3者が言葉で表せるものではないと思っています。




今期、彼が選んだのは、競技としての枠を超えたプログラム。

現役の日本男子の中で、ここまで和のものを演じられるのはたぶん、自分しかいない。

その言葉に込められた意味は、表現というだけではなく、競技としてのリスクも含まれていると思います。

競技者として、そして表現者としての実績と実力がなければ、競技用プログラムとして点数を取っていくことが難しいプログラム。

しかも、世界的にはあまり馴染みのない、「平安時代」という日本独自の世界観。

挑戦、ですよね。

古代ギリシャをテーマにするより、よほど難しい。


彼の作品を見て、私はすぐに萬斎さんが浮かんだけれど、日本の方でも知らない方はいましたし、
ましてや海外の方、ジャッジの方などは、「…???」となるかも知れません。

それでも、彼が選んだその理由は、彼の演技の中に感じることが出来ると思うし、
そこにはたぶん、彼なりの「祈り」も込められているのではないか、と。



正直、もっと何ものにも捕らわれることなく、自由に滑って欲しいと思うこともあります。

枠を前提に、その中で最善を尽くすことも楽しみではあるけれど、
この人が全てを解き放ったら、どんな作品が出来上がるのだろう、と。


 
今期の新しいエキシビションを、金沢の初日に初演で見た時、
ここまであらわしていいのか、と、思いました。

それはもう、スケートではなかった。

あるのはただ、彼の思いだけ。

ある人は、その思いに共感し、ある人は訳も分からず呆気に取られ、ある人はその波にのみ込まれる。

触れる回によって、幾つもの印象と思いと感情が、その時々に生まれるプログラム。



生きているということ。

昨日を振り返り、明日を語るという、幸福。


どうか、たくさんの人へ届きますよう…。