数年前、「元気!」という言葉がピッタリとはまる彼女は、氷の上にいることが
楽しくて仕方がない、という笑顔で、軽々と舞っていた。
練習すればする程、面白いぐらいに身についていっていたであろう技術と、
目指すべき姿が目の前にお手本として、何人もいるという恵まれた環境。
そして、持って生まれた表現力という資質。
何をすべきかー。
自己に問わなくても、常に課題があった。
けれど今、それを越える時期にきている。
10代の頃は何の疑問もなく出来たことが、20代では迷いが出てくる。
ほんの少しの変化、ほんの少しのズレが、大きな開きを生む。
自らに課した「圧力」が、きちんと浸透・咀嚼されるには、個々によって期間が異なる。
がむしゃらに練習すれば良いという訳ではなく、だからと言ってマイペースが良いとも限らない。
追い込むタイミングや休息のタイミングを測り、いかに自分のリズムを把握するかが、大切なのだろう。
全日本の舞台。
氷上の彼女は、他のどの女子の選手よりも大きく映った。
それは、彼女がこれまでに積み重ねた、彼女なりの経験と、
これからへの決意の表れなのかも知れない。
…ものすごく、人間的ではない言い方をするなら
10代前半までの能力は、おサルさんと変わらない。
子供時代の、一番能力が高い時期に、考えもなく言われた通りにやったら出来た。
そういう現象だ。
一部の人間を除いて、そこに本人の目指すビジョンはなく、
そこに自身を重ねていける人だけが、その先に行ける。
(楽器を幼少期からやっていて、今でもかなりの難曲をこなす人でも、
「やらされた」という意識から、二度とその楽器を弾きたいとは思わない、
という人を何人か知っている)
「やらされた」という意識から、二度とその楽器を弾きたいとは思わない、
という人を何人か知っている)
つまりは、自分が何を目指し、どうしたいか、なのだ。
今、何をするか。
20歳の彼女にとって この課題は、どう映るのだろう。