本日17日は阪神・淡路大震災から22年目の鎮魂の日や。TVでも追悼の灯りを放送してたし翌日の朝刊にも載ることやろう。仕事から帰った夕方のニュースは各局とも震災の特集やったし、NHKまでもが22年の足跡と語り部の継承について報道しとった。22年も経つと震災経験者が半分以上おらんのやて。即ち多くの高齢者が亡くなりはったちゅうこっちゃ、22年でそんなもんか?

 俺の住んどる長田区は当時に焼けた家を壊し今でも更地がある。雑草が生い茂ってそのまんま放置されとんやが、神戸全体で見たら街はほぼ5年で復興したそうやねん。然し東北じゃ5年経っても未だに十分な復興がなされてへん。この違いこの開きこの格差は一体どっから来んねん?原発周辺はしゃーないにしても余りにも遅いっちゅうか逆に神戸は復興が早過ぎたんかな?

 今の神戸は当時の面影が殆ど消えて、残っとるんは慰霊者の碑と僅かな記録と資料…それと被災者の記憶のみ。市や県そして関西地域は風化さしてはならぬと主張しても、時が流れ時代も変わりゃ否応無しに風化されてくと思うで。なんぼ語り部を伝承さしても体験せぇへんと廃れるて。6,434人犠牲になったんやもん語り継ぐ大切さも分かるが話だけじゃ限界があんのとちゃう?

 ニュースを見てたんや。すると神戸のある小学校の女性教師(24歳)は震災時2歳。だから生徒に当時の事象が話せず、震災を経験した先輩教師の話を聴いて生徒に伝えたんよね。ところが直接自分で震災を体感してへんので、そん時の怖さ・恐ろしさを率直に語れるわけがない。そら生徒に話そうにも伝え方で悩むんが当たり前で、此処に脈々と伝承する難しさがあるやんか。

 まぁ…そーゆーこっちゃ!!歴史の一端としてはいつまでも残ろうが、年々歳が若なるにつれ風化は避けらへんて俺は思うんや。従って語り部で震災を継承させるより、記録や資料やモニュメントで残りゃ充分でしょ。被災者でもある俺自身が痛切に感じるもん、益々厳しなりまっせぇ…。