癒しの存在…の巻


人が人を癒しの対象にするやろか?自然・動物・音楽・美術~数え上げたら切りがあらへんけど、人間が人を見て癒しになるって、俺は赤児や幼少の子供ぐらいしか思い付かん。大人が大人を見て癒しになるってあり得るんかな?聊か違和感なり疑問は感じても、あって不思議なことないわな。
会社に梓と言う女がいる。歳を聞いても明かさんので俺の尺度で想像すれば40前後かな?実際もっと若かったら叱られるが、立ち振る舞いがどう見ても若ない気ぃすんねん。ある意味で醸し出すオーラを纏いにしてる思うわ。これは男女問わず身に付くもんやが、風格・威厳・貫禄に反映されるもんよ。男と女を比べたら精神的には女の方が大人やろ。現実を直視して思考・判断するもんな。
梓は誰とでも所憚りなく会話する。これは職場の顔を意味してて長年勤務してたんを物語っとる。無論俺にも気さくに話をするが笑顔がメチャええねん。根が陽気やから愛想も愛嬌もえぇ。但し風評を広げる広告塔にもなり得るけど、時と場所と人を選んで噂しとぉ点で俺は大人として見てる。
俺が左足の膝を怪我したことや下らん失敗を、俺が見てる傍で第三者に告げ口して笑とる。するとその第三者と俺が親しなり時々話をするようになる。態々友達を作ってくれとぉみたいなもんよ。
そやし何故か俺のとっちゃ癒し効果がある。別段ペチャクチャ話をする訳でも無く何と無しの雰囲気。寧ろ俺の方が話し下手で威圧されてんやが、この前から梓に面白い歌があんので教えたった。この続きは明日のカキコで綴ろうと思う。馬鹿げた陳腐な笑いでも人は心の底から笑てまう話よ。