時には昔の話をしようか
通いなれた 馴染みのあの店
マロニエの並木が 窓辺に見えてた
コーヒーを一杯で一日
見えない明日を むやみに探して
誰もが希望を託した
揺れていた時代の 熱い風に吹かれて
体中で瞬間(トキ)を感じた そうだね
道端で眠ったこともあったね
どこにも行けない みんなで
お金は無くても なんとか生きてた
貧しさが明日(アシタ)を運んだ
小さな下宿屋に いく人も押しかけ
朝まで騒いで眠った
嵐のように毎日が 燃えていた
息が切れるまで走った そうだね
一枚残った写真をご覧よ
ひげづらの男は 君だね
どこに居るのか 今ではわからない
友達も何人かいるけど
あの日の全てが 空しいものだと
それは誰にも言えない
今でも同じように 見果てぬ夢を描いて
走り続けているよね どこかで
作者の時代は「全共闘」の世代。
熱く目指す何かが目の前にあった時代だ。
自分とはひと世代違う。
作者の世代が暴れ回るだけ暴れ回ってくれたおかげで
自分たちの世代は、大学当局も管理取締が厳しくなってしまい
5人以上の集会を開くにもいちいち届け出が必要になって、過し辛い時代だった。
燃えるような命を捧げられる思想も目標もなく
ただ怠惰に毎日を過さねばならなかった我々の世代。
そのためか、世代の空気は「軽薄短小」と云われ
難しい話をすれば「暗い」の一言で片付けられてしまうような
軽い雰囲気がもてはやされていた。
それでもそんな世代の空気が厭で、先輩や同輩達と時代錯誤な演劇をやってみたり
映画を撮ったり、学園祭でとてつもない出し物をやっては
周りのひんしゅくを買っていたっけ。
持て余したエネルギーを発散する場所を探しまわった時代だった。
浪人時代も含めて、歌にあるように友達の小さな下宿屋に押しかけては
意味もなく朝まで騒いだ。
学園祭の終わった日には、朝まで大学のアトリエで乱痴気騒ぎもやった。
それを大学の守衛が見て見ぬ振りをしてくれたり
鴨川の河原で朝まで騒いでみんなで鴨川に入っては大騒ぎをしてもお咎めもなかった。
みんな若いけれど「おとな」だった。
いい時代を過したのだ。今もそう思っている。
来年、自分は半世紀を生きてしまう。
いままでに亡くなってしまった旧友は幾人もいるし
自分も、残された時間は今まで生きて来たほどはないとは思うが
古い時代の友よ、まだ元気にしているか?
あの時代の熱はまだ持っているか?
そしてまだまだ夢をどこかに隠して走り続けているかい?