美しさの基準 | solid alone

美しさの基準

いったい人間の審美眼はどうやって形成されるのであろうか?

ボクは自分の審美眼に安定性を求めてきた。
それはなぜ自分はこれを美しいと感じてしまったんだろうと
後悔することが多々あったからに他ならない。
そう、ボクは飽きるということに対し、ただならぬ恐れをもっているのだ。
そのため自分の美しいと感じる感覚に常に理由を求めてきた。
なぜ自分はこれを美しいと感じたんだろうという具合にだ。

そうすることで、たとえば
今自分はこれを美しいと感じたのは、こうこういう部分からで、
それは正しい自分自身の審美眼から来る感覚だとか、
今はこれを美しいと感じているが、それは環境等からの影響であり本当の自分ではない(笑)、とか。
文章にすると笑ってしまうが、美しさの基準を明確にすることは
本当の自分自身の好みを追求することにも繋がる(と思う)。

一方、以前読んだ日本民藝館手帖って本(柳宗悦著)の中で
美を感じるのは「直観」であると書いてあった。
この「直観」は人間が美を感受する本能的な力を意味しているそうだ。
また以前川崎和雄さんの講演を聞いたとき同様のことを言っていた。
氏は肥大化したGマークの審査システムを再構築する際に、
まずそれぞれの審査員がいいと思うものを直感で選ぶ、
次になぜそれを選んだかを審査員全体の前でプレゼンするといったシステムをとったらしい。
これも同様の考えからだろう。

ただしそんな感覚はモチロン人為的に創作されたモノにたいしてだけ、自然は無条件に美しい。
ボクにとってみれば余計な美しさ分析のステップがない分、さらにその感覚が増す気がする。

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