マスクの機能を評価する科学、STAP細胞を評価する科学を、同列に議論するため息ブログです。

学とみ子の希望としては、せめて、マスクのエビデンスと、STAP細胞のエビデンスを同列で論じないでくれ!と言いたい。
マスクの科学の学びと、STAP理解の学びは、違うだろうから・・・。

マスク効果のエビデンスを出すには、ヒトの吹き出す分泌液の量と拡散、粒子の大きさと粘性の影響、拡散と落下の関連、流体力学などの各種のデータが必要でしょう。
こうした因子を科学的に考察し、現実のマスク使用の選択に役立つデータを出すことが重要だ。
実験法が違っても、そこそこ似たデータがでたら、それらの研究は信頼性が高いかもしれない。
しかし、ぜんぜん違う研究結果だったら、実際の飛散状況を反映していないからもしれない。
人の口から出る分泌物の飛散を正しく評価する必要があるので、実際には、結構評価は難しい。
それでも実験内容は、理解しやすい。


しかし、STAPは、未知の細胞を想像する力だ。ここへの学びは、なかなか深い。
STAP細胞の理解は、長い学びの時間が必要だ。
自然科学的学びと、社会科学的学びだ。
自然科学的にもおかしなことが多く、社会科学的にもおかしなことが多い。

マスコミ説明で納得してしまうような人は、STAP細胞を語るべきでない。
とにかく、世の中に始めて登場した細胞を、自然科学的にどう考えるのか?を語れる人は、蓄積された過去のデータ知識を持っている人、多くの周辺知識を持つ人であろう。
STAP細胞を評価するには、資質が必要だ。

しかし、そんな風にSTAP細胞の難しさを考えられない人たちがため息ブログである。
科学の質の違いも、何もかもごちゃごちゃだ。
長い間の勉強を必要とする生命の起源問題のSTAP細胞と、マスクの予防効果のデータを一緒くたにしないで!と、叫びたいですね。
マスクの予防効果が評価できる人は、STAP細胞を評価でき、エビデンスを理解すると、ため息ブログは言わんばかりだ。

「私はエビデンスの人」と、自慢げな体内時計さんだが、STAP細胞理解は別物でしょう?
マスクとは一緒にしてほしくないです。

ため息さんです。青字
>科学を標榜するのなら、マスクだろうとSTAP細胞だろうと証拠、根拠を基に論理を構築する、議論するのが当たり前です。マスクについて体内時計さんを貶めるべく発言したのが、逆に学とみ子の発言は、カテゴリーの区別もわかってない無知な発言であったわけで、・・・

科学の評価には、エビデンスは大事だが、そのエビデンスをどう評価するかにも、科学の素養が必要です。

いまや、ため息ブログは、学とみ子いやがらせブログだけでなく、科学を学びたい一般人が陥りやすい落とし穴のオンパレードです。
ため息ブログには、誤解したまま、自信をつけてしまう一般人たちが集まる。

誤解をしても小保方批判があれば、ため息さんからほめてもらえる。
小保方批判を書けば、専門者であるかのように扱ってもらえる。
こうしたため息ブログの一般人甘やかし作戦の効果を見ていると、ネットコメントを通じて、錯覚を相手に与えることが可能になり、知識が不十分な人をコントロールできるようになる事がわかる。

特に、知識不十分なブログ主が、目的をもってブログ管理する場合は、偏向した意見の人を集めて、それが多くの人の意見であるかのように装うことができる。
ため息氏は、いつまでも、STAP事件の犯人を1個人におしつけておきたいという明確な目的をもってブログ運営をしている。

STAP論文で責任をすべて小保方氏に押し付けたい人たちは、小保方氏の悪口を言ってくれる一般人を歓迎する。
そうした一般人を集めて、ESねつ造説は、多くの人が信じる考え方であると、世間に広めるのだ。
その活動に乗ってくれる一般人たちは少なくなってしまったものの、今も、ES捏造派の一般人募集は続いている。
ため息氏らのESねつ造派たちが、一般人かき集め作戦のエネルギーを続けているのだ。

ネット環境では、自ら、科学者になったり、評論家になったりできる。
論者として、褒めてもらい人たちが、特定ブログにあつまってくる。
ブログ主の立場なら、そうした人たちを持ち上げて人気取りをして、自らの活動に利用できる。
デタラメを認め、ほめちぎることで、他人を動かすことに使えるのである。

日常生活では使いものにならない消化不良のデタラメコメントであっても、そのデタラメを必要とする人がいる。
「間違っていますよ!」とは、誰からも注意されないで、デタラメが書ける。
「私は間違っているはずがない!」と誤解をしている人達が誤解に気付かず、ますます自信を深める。
ため息さんに褒めてもらって、体内時計さんの過剰自信はどんどん増長してきたのだろう。


「私たちは、STAP細胞を正しく理解した結果、STAP細胞は無いことが確定している。」
と、ため息ブログメンバーは言うが、細胞については何も語れない。
細胞を語れないという意味がどういうことなのか?すら想像できない人たちだろう。

トランプ氏が、「行動せよ!」 と大衆をけしたてて議事堂を襲撃させ、選挙結果の転覆を図った。
トランプ氏に騙された人たちが議事堂を襲撃したように、マスコミに騙された一般人は、ES捏造論を真実として広げる。

日本でも、細胞科学を理解しなくとも、STAP細胞への知識を十分に身につけた!と一般人が自負してしまっている。
それを助長するのは、大学教授だから(正しい)、研究者だから(正しい)はずとの肩書評価である。

(以下の文章は、若干、書き換えました。ため息さんがすでに自身のブログにコピペした内容がオリジナル文章です)

学者は非専門領域でも、すぐ学ぶことができる。
その領域のことをある程度まで理解する。
しかし、ため息さんの無知を見ていてわかるように、こうした力のない学者もいる。
ため息さんにとっての新しい理論は理解できないのである。
こうした学者が、自身が望む方向へと一般人を扇動する。

そもそも、こうした手法で、STAP事件は始まった。
STAP細胞に対する理解不十分なまま、ESねつ造説を学者たちが広めたのである。

STAP細胞を正当に語れる学者は、極めて少ない。
こうした本当の専門家が、一切、コメントを出していないのだ。
これも又、STAP事件がかかえる闇である。