ヤフーブログは今日になってもまだ書き込めるようなので、この際だから、学とみ子は今日も書いてしまおうと思う。
当ブログ最後のメッセージは、桂報告書をみんなで読んで理解して行こうである。
今後も、このメッセージを多くの人に呼び掛けていきたいと思う。
呼びかけの理由の最たるものは、桂報告書を読み込むば読み込むほどに、書いてある内容の理解が進むから。
結局、桂報告書は、科学的な課題をしっかり説明してくれているのだ。
だから、初心者でも、だんだん理解が進むように道がつけられている。
桂報告書さん、その著者たちの皆様、ご苦労様です。そして、ありがとう。
報告書を読む程に理解が進むとの道筋は、ベストセラーの要素と言っても良いのだろう。
一方、文学については、読む人ごとに解釈が違うのが醍醐味であろうし、文学は議論をつくしても溝のまま残るものだ。
しかし、科学書は未知の領域に達するまでは、正誤については、何らかの判定がある。
そうした意味で、桂報告書は、読み込むほどにES説の問題点が明らかになるように書かれている。
いづれにしろ、桂報告書を読む目的はいろいろで良いと思う。
小保方氏が気の毒との気持ちがモチベーションの人もいるだろうし、マスコミお好きな“持ち上げて落とす”志向に反発する人もいるだろう。
ES派の一般人にとっては、科学を論じている気分にしてくれる知的な時間なのかもしれない。
学とみ子がSTAP問題に取り組み理由も、いろいろではあるのだが、一番言いたいことは、“一般人が専門家に100%依存してはいけない、自身で考えよ!”とのメッセージであるような気がする。
学とみ子は、結局、ここを多くの人に伝えたいと思うのだろう。
戦前は、多くの日本人は、世界における日本の国力の評価に無知だった。
政府は情報を伝えず、それが無謀な世界戦争を引き起こした。
当時の軍人は、指導力を持ちすぎた。
当時の軍人は、指導力を持ちすぎた。
軍人は軍事力を高めると、実際にそれを試したくなのだ。
軍人に限らず、人はそうした志向を持つ。
人は、何らかの力を得た時、それを確かめてみたいと思う存在なのだろう。
軍人は、軍力を試したいと思うし、政治家は政治力を使いたいと思う。
軍人は、軍力を試したいと思うし、政治家は政治力を使いたいと思う。
同様に、医療分野の研究者は病気の治療につながる新発見を追及し続けるだろうし、その成果を信じた医者は、実際に患者の治療に使いたいと思うだろう。
思い込んだ専門家は、時に理不尽に突き進んでしまうことある。
基礎研究の分野で、新発見をしたと研究者が誤認したり、勘違いをすることもある。医者が副作用の強い新薬に気付かないこともある。
基礎研究の分野で、新発見をしたと研究者が誤認したり、勘違いをすることもある。医者が副作用の強い新薬に気付かないこともある。
最初に試みた数人の新治療の成績が良かったために、その後に何人も副作用が出ても顧りみれなくなってしまう医者とかがいるかもしれない。
そうした時でも、専門家が間違いに気づかなければ、専門家は持てる専門知識を駆使して、自らの正当性を主張し続ける。
専門家の思い込みやミスがあっても、その専門家が気付かず突っ走る事があれば、やはり危険なことだ。
専門家領域における専門家の間違いは、専門家同士によってチェックされるはずのものであるが、それだけでは不十分である。
なぜなら、専門家が集まるスモールワールドは、専門家同士の価値観が幅をきかすからである。
学閥、派閥ががんじがらめの知的集団において、お互いに遠慮し合う。
特に、昨今の科研費獲得競争の状態では、研究者が獲得するお金の問題もからんで、正当なものが正当でなくなる危険がある。
一部の専門家の行き過ぎた行為に対して、一般人が素直に抱く疑問は重要なものである。学とみ子は分子生物学の知識については一般人であるが、病気から逆行的に生物学へアプローチする。これは、他の分野の人とは理解の順序が異なるとは思う。
一般人が疑問をそのままにせず、疑問を世間に発したいと感じた時、その専門領域について学び始める人たちがいる。
それをささえるのがネット情報だ。
そして一般人が自ら抱いた疑問の正当性を確認できた時、一般人といえども、啓発の活動を開始する。
今回のSTAP事件がまさにそうしたものであった。
早くからSTAPねつ造論を唱えていた広島大学の元教授の難波氏は“集合知”という言葉を使ったが、難波氏にとっては、ESねつ造説がまさに集合知の成果だったのである。
難波氏からすれば、集合知が勝利し、理研の発表したSTAP細胞は存在しないとなったのである。
しかし、さらに時間が経過した今、この集合知なるものは、STAP論で重要な経過をたどっている。
現にその成果はかなり出ている。
STAP派の出した疑問は、ES論者たちには回答できないところまで到達した。
まあ、そうした昨今において、ES派とSTAP派の攻防が、もう5年も続いている。
論文ねつ造関連というネットサイトがあるのだが、そこにはかなり古い情報がある一方、学とみ子情報に関しては、極めて新しい。
誰が書いているのかわからないが、学とみ子が知ってる範囲の人だと、oTakeさんとか書きそうだけど・・・。ちょっと違うかな???
間違っていたらごめんなさい。
http://seigi.accsnet.ne.jp/seigi/interesting_sites.html
http://seigi.accsnet.ne.jp/seigi/interesting_sites.html
さて、桂報告書に戻って、ES説とSTAP説がせめぎ合っている文章について考察して行こう。
すでに、学とみ子はしばしば書いているが、桂報告書には、書き手が複数にいる様相がうかがえる。
報告書文言の表に出ているのはES派であって、STAP派はあまり文言の表にはいないようだ。
しかし、裏では指導力を発揮して活躍している。
つまり、STAP派は、ES派にあえて文章を作らせているのである。
そして、ES派の報告書著者が小保方批判を書きたい、書きたいとの気持ちが早る程、そのあせりを、STAP派著者は逆手に利用しているのだ。
結局、小保方ねつ造の印象操作的な文章になっている部分は、ES派が入れ込んで書いた部分である。
そして、入れ込みすぎて失敗してしまった部分である。
悪口が過ぎて、科学者が書いた文章っぽくなくなってしまったのである。
たとえば、小保方氏がGRASにサンプルを持ち込んだとする16ページ部分には、小保方氏がほとんどの実験をやっていたかのように書かれている。
しかし、その前の報告書の記載では、すでにSTAP実験の多くは終了していることが書かれている。
桂報告書を読む人に、あれっと思わせてしまう部分である。
小保方氏に“やらせ”的に、GRASに持ち込ませたのかな?と、STAP派は感じてしまうのである。
そうした不信感を抱かせるように、STAP派著者は工夫をした。
その最たる工夫は、STAP多能性の証明は、若山氏のキメラと幹細胞であることを、桂報告書に明記したことである。
小保方ねつ造の印象操舵的な書き方をしてしまったのは、ES派の敗因ではないだろうか?
もっと、科学調査結果っぽく、淡々と小保方実験の問題点を書いた方がES説を説得しやすかったのではないか?
小保方氏によるFACSのやり方が稚拙であるなどと報告書に載せる必要など、無かったのである。
また他の部分の文章の書き方でも、同様の印象操作が見て取れる。
たとえば、以下の部分(青字)であるが、この部分は、体内さんがかつて、学とみ子にコメントで批判をぶつけてきた文章である。
では、体内さんの質問と一緒に、この部分を読んでみよう。
(桂報告書は青字、体内さんコメントは茶字)
学さん
>毎回、毎回 同じ指摘は止めてくれませんか?
誰が何の実験をしたのかについて、過去に、ここでさんざん議論されています。
「論文の図表の元になるオリジナルデータ、特に小保方氏担当の分が、顕微鏡に取り付けたハードディスク内の画像を除きほとんど存在せず、「責任ある研究」の基盤が崩壊している問題である。最終的に論文の図表を作成したのは小保方氏なので、この責任は大部分、小保方氏に帰せられるものである。また、STAP 幹細胞、FI 幹細胞、キメラマウス、テラトーマなどについて、作製後の解析を行ったのも大部分が小保方氏だが、その実験記録もほとんど存在しない。」
この報告書の内容は何度もこちらで取り上げられましたが、学さんは一度でも誠実に答えられた事がありましたか?
だから何度もお伺いしているのです。
この致命的な事実についてはスルーし、他の研究者を憶測で誹謗するのは控えられたらいかがですか、という当たり前のことを申し上げているのですが。
2018/3/9(金) 午後 1:00[ tai***** ]返信する
だから何度もお伺いしているのです。
この致命的な事実についてはスルーし、他の研究者を憶測で誹謗するのは控えられたらいかがですか、という当たり前のことを申し上げているのですが。
2018/3/9(金) 午後 1:00[ tai***** ]返信する
ここまで書いたところで、一旦アップします。
とにかく、終わりを宣言しているヤフーブログですから、突然、書き込めなくなると困るので・・・)
追記
当ブログの今後ですが、どこのブログに落ち着くかはまだ、わからないのです。
今回、FCブログさんには、何度か、ブログ新規開始と削除を繰り返してしまい、お手間をとらせてしまいました。
引っ越し作業をありがとうございました。
とりあえず、FC2さんに感謝しつつ、代表ブログURLです。