当ブログの終了時期に近づいた。終わりにあたり、STAP事件を考えやすくするために、以下を想定し、桂報告書とBCR論文の位置づけを考えてみた。

熟練職人を抱える複数の作業部署がある、高精度の新作品を世に出すモノづくり会社を想定した。

会社内のそれぞれの部署は、お互いに競争関係にある。
各作業部署は、時に協力し合うがお互いがライバル関係でもあり、時に激しく敵対する関係になったりして、人間関係が複雑である。
派閥抗争も盛んに起きて、事件化することもある。

ある作業室からでた新製品が、世間の注目を浴びたが、すぐ欠陥が指摘されてしまった。
この新製品発表の時、新人が新製品の発表記者会見をしたのだが、新製品はかつて、すでに世にでていた旧品にすぎないと、その会社の内部の人間が騒ぎ出した。

この内部人間の一部がマスコミに大々的に情報提供したため、事件は大事になった。
マスコミに情報提供したのは、会社内の他の作業部署に属する人たちとそのシンパであった。
一人の新人作業員が不正な手段で、新製品でない物を新製品と見せかけたのだと激しく批判した。

マスコミも騒ぐし、このままでは世間体が悪いと感じたこのモノづくり会社は、調査に重い腰をあげた。
実は、この時はすでに内部の人間が自発的に調査を開始しており、この自主的調査員(内部調査団と呼ぶ)たちはすでに結論を出していた。
その結論は、新人の作業員が旧品をどこからか盗み出し、新作を作ったと主張したとの結論であった。

新人の属していた作業室には、腕の良い上司の責任者がいたが、内部作業団は、この上司責任者は、ミスの出た製品には全くかかわっていないとした。

内部作業員団は、上司責任者は全くかかわっていない事と認め、上司責任者の言い分はすべて認めた。一方で、内部作業員たちは、新人の言い分を認めず新人は嘘つきであるとした。

この新人が属していた部署には複数の人たちがいるのだが、誰も何も言わない。
このモノづくり会社の内部にいる人たちがどのように作業がなされたかについても、闇の中であった。
また関係者の証言は、ほとんど世の中に出ない状況であった。

会社が実情を調査するために、第三者による調査委員会を作ったが、所詮、この第三者調査会は、独自の調査ネットワークを持つわけでは無かった。内部調査団がすでに行っていた調査結果を、第三者調査会は表面的に踏襲せざるを得ない状況であった。しかし、第三者調査委員の中には、内部調査団による調査手段の問題点を指摘する人もいた。

内部調査団がすでにつくりあげたストリーは、新人作業員の単独犯行であるとするものであった。

しかし、第三者調査会も、問題となっている製品が高度な熟練の技を要する事を知っていた。
その製品の質を知る人たちから見れば、新人だけではこの製品を作れないことがわかってしまう。

この会社の製品を良く知る者たちは世間に多く、新人作業員一人で作れるような新製品では無い事がわかる一般人も多くいた。

ええっ、ひとりじゃあ、その製品は無理でしょ!
その作業室の皆が協力したのは間違いないよ!

と一般人もいろいろに騒いだ。

実態は、内部調査団による調査に、早とちりや思い込みミスがあったのだ。

当然、一般人だけでなく、製品の作業工程に詳しい内部の人たちも、新人単独のねつ造で説明できないことはすぐにわかった。

しかし、マスコミの激しい取材合戦の影響で、新人作業員が旧製品を盗んで新製品にみせかけたとの説が世の中にすでにつくりあげられてしまっていた。

マスコミが騒いだ影響で、この会社に資金援助をする筋の人たちまで、新人ねつ造を信じた。

さらに、悪い事に、新人作業員を追及する内部の人たちは、声の大きな人達が多く、新人の単独犯行説に固執した。
結局、調査の本質をめぐっての派閥抗争がらみの様相となり、この会社が分裂状態となった。

調査結果の真実に気付いた人たちは、新人の犯したとされる疑惑を否定し、真実を世間に伝える必要性があると感じた。

新人犯行で片付ける説と、真実を残したい人たちの間でせめぎ合いがおき、まとめられたのが桂報告書であり、BCA論文なのである。


新人犯行で片付けたい内部調査団たちは、調査報告書に、新人が単独で作業を行ったと書いた。さらに新人の能力の問題点(悪口)を書き込みことに専念した。

一方で、調査報告書には、製品の大事な部分は、上司作業員が行ったと書き込まれた。
つまり、新人単独犯行説が否定された。
上司責任者が大事な作業を行った旨が調査報告書に書き込まれた。

内部調査団が主張していた旧製品については、その存在が確認できなかった。
新製品は旧製品から作られたものでなく、新製品は新製品としての独自性を持っていたとの見解がBCA論文に示された。

声の大きな内部調査員団は、新人単独犯行説でマスコミに情報提供を行い、世の中を方向づけていた。
この印象操作的な状況を否定したい専門の技術者たちは、専門的表現を駆使して、目立たぬように最終的報告書を書いた。この分野の専門者たちは、工夫して、真実を報告書及びBCA論文の記録に残したのである。そこに残されたメッセージは、新人が関わった新製品の可能性であった。