L より:
ここで体内時計さんに返事するのは気が引けますが、一回だけスペースをお借りします。ブログ管理人さん、申し訳ありありませんが、ご容赦ください。
>実験ノートには記述がなかったとのことですが、これらのことは、研究者の常識として、あり得るのでしょうか。小保方氏は、不都合な事は敢えてノートに書かなかった、という可能性については考えてみられたことはありませんか?
不都合な事のみ、あえてノートに書かなかったとすると、都合のいい事は書いてあるはずですが、実際はどうなんでしょう? 一部公表されたノートを見る限り、都合の良い悪いに関わらず、ノートの記載が杜撰だったのでは、と私は思いますが、如何でしょう?
研究者の常識としてあのノートはあり得ない、と言ってしまいたいところですが、実際に学生さんの面倒を見ていると、あり得ます(少なくとも私の職場では)。私は海外で仕事してますが、特にインターナショナル枠で修士のコースにくる学生さんで結構見られます。 この段階できちんと指導しないと、先が危ういです。そういう意味で、小保方氏が修士の時の指導体制がどうなっていたのか、興味あります。
研究者の常識としてあのノートはあり得ない、と言ってしまいたいところですが、実際に学生さんの面倒を見ていると、あり得ます(少なくとも私の職場では)。私は海外で仕事してますが、特にインターナショナル枠で修士のコースにくる学生さんで結構見られます。 この段階できちんと指導しないと、先が危ういです。そういう意味で、小保方氏が修士の時の指導体制がどうなっていたのか、興味あります。
>「小保方氏の別の論文 グラフ酷似で撤回 英科学誌、STAP以前」
>「生データが残っておらず、結果に確信が持てない」と撤回を申し出た。同誌は、小保方氏とは連絡がつかなかったとしている。
>「生データが残っておらず、結果に確信が持てない」と撤回を申し出た。同誌は、小保方氏とは連絡がつかなかったとしている。
私としては、どうして今頃になって生データが残っていない事に気づくのか、理解不能です。修士の学生のデータを使って論文を書くのであれば、その学生がラボを出る時に、少なくとも論文で使う予定の(あるいはすでに使った)データについては、PIがきちんと確認して保管するのが、常識と考えます。その論文はコレスポが岡野先生で、指導には大和先生も関わっていたものと予想しますが、どのような指導だったのか、考えてしまいます。小保方氏個人の資質の問題もあるでしょうが、その状態でスルスルと、日米の複数の研究施設をすり抜けて行った理由として、もっとシステムとしての問題を考えるべきと、個人的には思います。
>また、連載日記で、この件に関係すると思われるような記述もありました。Lさんは日記について議論されるお気持ちはないようですが、必要であれば引用します。
引用していただければ、検討してみたいと思います。ここでのお返事は遠慮させてもらう事になりますけどね。
> 考えます。ただ、それであれば、小保方氏は、何故、刑事告訴をしないのでしょうか。
> 世紀の発見って、そんなに簡単に手放せるものなのでしょうか。
> 世紀の発見って、そんなに簡単に手放せるものなのでしょうか。
キメラと幹細胞がES混入である事は、小保方氏も納得したのではないでしょうか? 世紀の発見ではない事にも気づいたんじゃないですか? 彼女が今も信じているのは、幹細胞遺伝子の発現がATPで誘導されるところまでじゃないでしょうか? 通常、科学の議論は科学の場で行うべきですが、STAPではそのような機会がなかった(記者さんと個々の研究者の公開での対話だけでした)ですし、ES混入の問題は科学ではないですからね。研究者にとって、問題を司法の場へ持ち込むのは、抵抗があるのではと思います。少なくとも私にはできません。やるなら、反論論文を書く形を模索すると思います。
>New Yorkerの記事(https://www.newyorker.com/magazine/2016/02/29/the-stem-cell-scandal)のVacantiの以下の言葉です。“Haruko, I have to know, because people are losing their careers on this. Is any of this data fabricated?” 小保方氏に「データを捏造したのか?」と聞く人が、彼女のデータをブロックなどするでしょうか。
捏造データが入っている可能性を考慮するが故、データを隠そうとするのではないかという事です。小保方氏を守るためにデータを隠すのではなく、自分の特許を守るため、有利に進めるため、捏造を疑われるようなデータの開示を極力ブロックしたいと考えた可能性があるという事です。私はVacantiがここまで特許に執着するとは思ってもいなかったので、当初は考えもしませんでした。理研でのノートは理研に帰属するので検閲可能でしょうが、小保方氏のラップトップはどこに帰属するものであったか、私には分かりません。もしハーバードから支給されていたならば、Vacantiの協力がなければ検閲できないと思います。
>もし、仮に、LさんやLさんの大切な方が若山氏の立場だったら、Lさんはその様に考えられるのでしょうか。
自分が正しく振る舞ったと確信していれば、外野の声に惑わされる事はないと思います。科学的な議論を徹底的に行う事により、問題解決を目指すと思います。
> 詫摩雅子氏の『なぜ、彼女があのような書き方をするのを止めなかったのか。なぜ、あのまま発売をしてしまったのか。この編集者は著者を守らずに、さらし者にしたのだ。』という言葉を引用させていただいています。私は、「あの日」を書いたことで、小保方氏は研究者ではなくなった、と思っています。
そんなに違う景色を見ている気はしないんですけどね。詫摩氏の意見には全く同意です。これは科学の手法ではありません。なので私は否定的ですし、自分から読む気にはなれません。著者をさらし者にするだけの書物を読む意味がありますか? 小保方さんには、簡単なもので良いから論文を投稿して欲しいと思います。データの使用については理研やハーバードの許可を得る必要があり、簡単ではないとは思いますが。無理なら、学位論文のドラフトの公開でも、科学的な意味はあると思います。「あの日」を書いたことは、科学の手法から外れますが、それだけで研究者でなくなったと判断するのは、少々酷かと思います。研究者であるかどうかは、その後の行動で判断されるべき事と思いますが、残念ながら、今の様子だと、研究者ではなくなったのだなと、私も感じます。
今回限りですので、返事は不要です。Zephyrusさんもおっしゃってますが、主観的に入る前に、一回立ち止まってみると、見える景色が広がるかもしれません。お付き合い頂き、ありがとうございました。