「あの日」には、第12章 “仕組まれたES細胞混入ストリー”に、2014年6月にほぼ、ES混入のストリーの暴露作業が完成したことが書いてある。

3月には若山氏はすでに撤回の決意をしていた。
4月には、笹井氏が遺伝子解析のやり直しを研究者に指示したがそれがかなわなかったとある。「調査する人の中で明確な線引きが行われたていた」と、「あの日」に書かれている。
笹井氏の指示が通らない程の指示系統の混乱、下極上状態を疑わせる「あの日」の記述である。
まさに、この時、CDB内では、大変な権力抗争が進行していたと思われる。

権力を掌握したのは、反笹井グループと、日ごろから上層部に反発を感じる多数派(と思われる)の研究者層であったと考えやすい。
以前にも書いたが、この研究者層が実際のSTAP調査を行った人たちなのだろう。

大学人だった笹井氏は、上層部に加わったばかりで、まだ、権力基盤が弱く、古参の研究層の反発のターゲットとなってしまったのだろう。

上層部トップは、怒れる多数派に、実際の解明調査を頼まざるを得ない立場であった。
研究者の多数が、本当に、反STAP,反小保方に回っていたかはわからないが、反STAP,反小保方派が力を得ていたことは確かだろう。

古い研究組織には、声が大きく不満をかかえる上層批判層がいる。
どこにでもある権力抗争である。
一部研究者層は、論文発表前のSTAP研究中から詮索を開始してすでに情報を入手していた。
CDB内部では、横浜理研と協力して?、STAPの遺伝子解析の内密調査はされていただろう。
若山研究室時代から、STAP細胞は疑惑のターゲットだったのである。

以前から存在する理研内自己点検役の研究者層に対し、騒動勃発後の上層部トップはSTAP調査のお墨付きを与えただろう。当然、調査内容は、反STAP、反笹井・小保方となることは間違いない。

マスコミ、政界人からの応援を得て、調査をした研究者層グループは自信をもってES論を確定し、桂報告書もそれに追従した。

6月には若山氏の記者会見で、若山研にないマウスからSTAP細胞が作られている事、遺伝子解析結果は一部訂正されたものの、同じ6月中に畳みかけるようにSTAP細胞にアクロシン入りが判明し、“仕組まれたES細胞混入ストリー”は完成した。

前後して恐縮だが、若山氏は、3月に撤回を決意していた。
この時期は、CDB内で大きく権力構造が変化し始めた時と一致する。
若山氏はネーチャー編集部と連絡をとっており、著者を蚊帳の外においた手法で撤回が決まったことが手記に書かれている。
このあたりの時系列については、最初からSTAP事件を追っている人たちの情報入手と説明におまかせするが、この権力抗争の混乱で、若山氏も多数派層に利用され悪玉にされてしまったという構図だったのではないだろうか

興味深いことに、ES派の人がSTAP事件の時系列を書くと、以下のようになる。
ES派による記載は、ES派の心情が透けて見え、大いに興味深いものになる。
例えば、本日、yap*ari*w*katt*na*氏が以下の時系列情報をコメントしてくれている。
これは拙ブログタイトルの以下の記事のコメントに書かれたものです。
青字

STAP論文が取り下げられたのは2014年7月。
・・・・
査読者コメントが流出、Science誌に公開されたのは2014年9月。
この時も、別にES混入がどうこうよりも、そもそも査読者は適切な査読をしていたのに、なぜNature編集部がそれを無視して掲載を許可したのかが話題になったくらいです。
ES混入が明らかになって、世界が驚愕したのは、2014年12月末のことですよ。

まさに“仕組まれたES細胞混入ストリー”そのものをyap*ari*w*katt*na*氏が書いてくれたという印象である。

yap*ari*w*katt*na*氏は、世界が驚愕したと言う表現を使っているが、今となると実に陳腐という印象である。仕組まれ、かつ準備されたストリーが、その通りになったという印象でしかない。

論文発表後、ES派の人たちは待ちきれず、早すぎる時点でES説作戦を開始してしまった感がある。
教授有志の「小保方危ない」竹市氏宛ての文書が、論文発表後1週間と早すぎる。
分生の声明が早すぎるし、言葉が強すぎる。
NHK,毎日への理研情報の洩れが露骨すぎる。
などなど

予め仕組まれていたストリーの暴露が、早すぎて、露骨すぎたやり方で、日本社会に登場したのである。
その結果、この裏工作の存在が、日本社会でバレバレになっているという意識をES派の人たちはなぜ持たないのかしら?と思える。

話は少し変わるが、某研究者の弁として、後でねつ造と追及されやすい研究テーマについては、発表後のねつ造疑惑の指摘に備えて、実験中からすでに弁明の準備はしておくそうである。
STAP研究も、最初からES混入の疑惑はもたれやすいテーマであり、実際に査読者からもそうした指摘は出ていた。

今回、話題になったTCRに関しても、キメラやテラトーマにおけるTCR再合成の痕跡に関する質問が査読者からあったらしい。このTCRの有無は、査読者層からでも誤解が起きやすいテーマでもあったようだ。

病気を扱わない細胞学や遺伝子学の研究者たちの中には、TCRのしくみが理解できない人たちがいたのだろう。もちろん、一般人にとってはさらにその理解は難しいテーマであったと思う。

なにしろ、ネーチャーの査読者に選ばれるような一流の学者ですら、STAPがESだと言っているのである。その影響を受けて、STAPはESに違いないと思った研究者層が日本に多くいたということだ。

若山氏は当然、STAP研究中から渦巻くねつ造疑惑の嵐を知っていた。
だからこそ、若山研究室では幹細胞樹立と共に、ESとの比較実験を多種多様に行いSTAP幹細胞の独立性を追求したと思われる。
若山研究室では、GRASに遺伝子サンプルを持ち込む時は、ねつ造を嗅ぎまわるグループの詮索を避けるために、サンプル名を変えたりしていたのだ。
若山氏はSTAPがESではないということを知っている一番の人であるはずだが、今は、そうしたことが言えない立場に追い込まれてしまっているのだろう。
(若山氏は、ES説をほのめかした理由は、とにかく必死で論文撤回をしたかったからと思われる)

笹井氏、丹羽氏も、理研内ES疑惑を嗅ぎまわるグループに対抗して、STAPとESの比較実験を追加したと思われる。この時に何が追加になったのか、記者会見ではっきりさせておきたかったとxyzさんがコメントしている。

実際には、こうした学術的な理論武装は、ESねつ造を信じる人たちには役に立たなかった。
マスコミ攻撃もすさまじく、ESねつ造説は正しいとする熱いうねりの中に、反ES論を訴える人たちは抹殺されてしまったのである。

したらばでも、桂報告書が出てからは、いろいろ書き込んでくれる専門者層の人たちが潮が引くように減っていったと言う。

在原業平  :2018/05/23(水) 08:32:04 桂報告が出てSTAP細胞が論文通りには存在していないということが分かった時点でそこそこの専門家は潮が引くように立ち去った。
日本のためにはとても健全なことだよね。