和モガ氏の新作でました。そのエントリータイトルは、「STAP細胞事件」-ビー玉モデルです。
細胞が致死的刺激を受けて、一旦、山から転げ落ちてしまう。
そのまま、動かなくなってしまえば、細胞は死んでしまうが、転げ落ちた際の刺激が、ある程度に適度であると、落ちた勢いで、ビー玉が次の小山を上ることができ、Xen細胞となる(Trusecで解析された細胞)
Xen細胞までは、比較的、できやすいが、ビー玉にとって、刺激が適切な強さな場合、次のステップの小山までビー玉が登ることができて、TS細胞になれる。
さらに適切で強い刺激をビー玉に加わえることができれば、ビー玉を次の山まで、つまり、ES細胞の山の上まで運よく登らせることできるとのことである。
しかし、刺激が強すぎると、ビー玉はTSの山も、ESの山ものり越えて、その向こう側の谷に落ちてしまうとのことのようだ。
この適度な刺激というのが、小保方実験の重要な軸であった。彼女しか、適切刺激ができない。彼女がそうした技に達した理由は、彼女が、長く実験を繰り返し、観察してきたことに他ならない。
小保方氏は、緑色蛍光と、特徴的な凝集形態から、細胞の初期化を確認していた。
増殖能の高い大きな凝集塊を形成できた細胞は、初期化に成功した細胞群である。
選び抜かれたそれぞれの細胞は突起を出して動き廻り、細胞同士で生き残りのための会話をしていたのだ。
小保方氏は、そうした細胞の発するメッセージを感じ取っていただろう。
特徴的な形態の凝集塊から、細胞のメッセージを感じ取れるまで、実験を繰り返す必要がある。
一方、再現実験をしたというTangらは、脾臓細胞を酸浴させて、7日目まで観察したと書きながら、図には3-6日の観察の結果しか書いていない。
そして、そこまでで、Oct,Sox,Nanogが出ない、初期化など起こらないと結論した論文を書いている。
一方、小保方氏は、酸浴後7日目にOctがピークと書いている。結局、これでは、同じ条件の実験とは思えない。再現実験の試みは、すべて、同一条件でやられているわけではない。
この部分の文献的考察は、今後にゆずるとして、刺激の強さとタイミングに応じて、細胞が能力を変えていくという和モガ氏発想に戻ろう。
ころがるビー玉に細胞変化をたとえる発想は、ユニークで、和モガ氏がいろいろに考えた成果なのか?あるいは、才能ある人は、こうした発想が一瞬にひらめくのか?
この先に、このビー玉がどのように展開していくのだろうか?
和モガ氏が以前に言っていた言葉で、「正しい推理は、その後の事実がついてくるもの」と言った。
このビー玉説も、いろいろに展開していくのか?はたまた、次なる新たな発想へとつながるのか?・・・・。楽しみだ。
このビー玉説も、いろいろに展開していくのか?はたまた、次なる新たな発想へとつながるのか?・・・・。楽しみだ。
実際にこの分野で研究している人は、実験中、条件ごとの細胞変化への影響を見ているだろうから、その時の細胞の動態から、実験者なりに思いつくこと、想定するモデルはあると思う。
本来、STAP研究は、細胞の柔軟性を科学として証明することであった。
才能の万能性を何に例えるかは、実験者の特権のようなところがある。
笹井氏の女神の神殿も、研究のモチベーションが高まってでてきた夢物語だろう。
広がる自由の中で、その人自身で思いつく発想は、わくわくする興奮がある。
そして、人に話してみたくなるだろう。
生き物の体内では、いろいろな状態の幹細胞が存在するが、ESとか、TSというのは、増殖能を保ちながら、同一性質を維持する状態で取り出した細胞である。
人工培地で維持された人工的細胞と言える。
この人工的に誘導してきた細胞をいかに操るか?は、将来の臨床応用だ。
どのような刺激で細胞をどの状態の細胞まで持っていけるのか?の研究は将来展望がある。
当然、ビー玉説への異論とか、ナンセンスだとする人も出てくるだろうが、人が抱く発想は自由だ。
発想したことの展開が行き詰まったら、発想を再考したり、取り下げたりすれば良いだけだからね。
ビー玉説へ反論する人たちに対しては、彼らのお手並み拝見を待ってみようではないか?