若山氏は、小保方氏に対して、いつから、なぜ、冷たくなったのか?
その一番の理由は何か?というより、何が一番なのか?
ここは、本人しかわからない。
6月16日の会見では、若山氏は、小保方氏の博論の間違いを知ってから、彼女のミスを受け入れることができなくなったと言っている。
第三者には、これがどの位、本音なのかはわからないが、6月16日の会見では、若山氏は小保方氏に冷たい。
このブログでは、若山氏と小保方氏の不仲を煽るような、周りの環境があって、両者共に悪い影響を受けていたのではないか?と書いている。
STAP関連の出来事が書かれた「ねつ造の科学者」で経過を追ってみると、論文発表後に近い時点で、須田氏が若山氏に会って会話した際には、若山氏は、小保方氏に対して十分に思いやっている感じが伝わってくる。
若山氏は須田氏に対して、次のように言っている。青字
「最初のフィーバーの時点でもかなり参っていたところへ画像の問題が起きて、ダメージが大きいのでは。研究自体を止めてしまうのではないかと心配している。彼女のためにも事実関係を早く明らかにして本筋の研究に戻れればと思って取材に答えてきたが、ちょっと裏目に出てしまいました・・・」
そして、同書によれば、須田氏と若山氏とSTAP研究の将来性を語り合ったのは、この会見が最初で最後としている。
3月9日は、小保方氏の博士論文のテラトーマ画像が、STAP論文の画像と酷似していることが指摘され、夜に若山氏の論文撤回要望が公表された。
須田氏は若山氏に電話で話を聞き、この時にESが混じればキメラができると説明を受けている。つまり、若山氏がESねつ造の疑いを須田氏に流している。
若山氏はこの時点で、「渡されたのが何だったのかも、信用できない」とついに言っている様子が、「ねつ造の科学者」にある。
ふたりの不信感は、論文作成中からあったとは思うのだが、論文発表後約1か月で、若山氏の小保方不信がさらに高まったようだ。
さらに、須田氏は、若山氏からの論文の撤回希望のメイルをもらい、3月11日の記者会見の前に若山氏と話し合っている。
この時点で、若山氏は逆戻りができないまでに、小保方氏への不信感をつのらせている。
4月には須田氏は若山氏とメイルで会話し、若山氏は、小保方氏に実験ノートを見せなさいとは言えなかったなどとSTAP研究現場での問題点について須田氏に語るのである。
4月に行われた小保方会見では、最初の謝罪あいさつで小保方氏は倒れそうだった。
いつ倒れてもおかしくないほどに危なげで、それでも必死に言葉を発そうとする小保方氏を見ていて、多くの一般人が彼女を心配し、誠実そのものに見える彼女の無実を願った。
しかし、その小保方記者会見の後に、須田氏は若山氏に印象を聞いている。
若山氏は、メイルで以下のように言っている。
「ねつ造の科学者」に書かれているメイル内容は、以下(青字)である。
「・・・それ以外に指摘されている不審な点を明確にしなければ、この論文はあまりにもミスが多いので、誰も信用してくれません。ゼロからやり直すという気持ちなら、撤回に賛成してくれても良いのではないかと思います」
若山メイルの言葉には、心身が消耗している部下の記者会見の様子を心配する優しさはなく、小保方氏が撤回に同意しない事への若山氏の強い不満が述べられている。
検証実験が始まり、第二次調査委員会設置について、川合理事から小保方氏が説明を受けた際、川合理事は、「理研上層部としても、若山さんが自分に有利な情報しか渡していないことに気づいている。途中までは若山さんのことを信じていたみたいで、調査報告書などの情報が渡っていたようだった。でも、こんなやり方は正義ではないと感じている」と言ったと「あの日」には書いてある。228頁
川合理事の、”信じていたみたいで”との言い方は、人づてのような印象だ。
さらに、「あの日」230頁には、
調査にかかわっている人から、「内容は言えないが、若山先生は調査でかなりひどいことを言っている。小保方さんも弱気にならずに証言した方がいい」と言われたとある。
このように関係者が思っていたことは確かであろうだが、これら関係者は、若山氏本人から直接、何を聞いたのかは、書かれていない。
つまり、若山氏本人が直接発した言葉については証言がない。
想像だが、若山氏は多くを語らなかったのではないか?と。
代わりに、憶測に基づき、いろいろな情報操作的な噂が飛び交っていたのではないだろうか?
桂調査委員会の調査結果や記述内容から判断しても、調査手段が本当に二人にフェアであったとは思えず、小保方氏を追い詰めていったと思う。
しかし、若山氏が自分だけ逃げようとしているとの情報については、どこまでが、正しかったのであろうか?
若山・小保方間の二人のコミュニケーションを無くしてしまった方が、ねつ造派は作業をしやすい。
若山氏は、遺伝子解析をしても、STAPがES由来とすることができないと明言した。
若山・小保方チームが協力して、これで弁明したら、この理論を打破できず、遺伝子調査を根拠にねつ造を主張するねつ造派は窮地に陥る。
小保方氏は大事な上司、かつ指導的協力者を失い、さらに若山氏から罪を負わされたと感じ、絶望の境地となってしまった。
検証実験の努力や成果が認められず、相澤先生から、辞表を出すように言われた小保方氏は自身の心境を次にように語っている。赤字
ギブスでカチカチに固めた心が、研ぎ澄まされたカミソリでサクッと半分に割かたれるのを感じた。
と「あの日」に書いている。
ギブスでカチカチに固めた心が、研ぎ澄まされたカミソリでサクッと半分に割かたれるのを感じた。
と「あの日」に書いている。
少し、話がそれるが、小保方氏はこうした追い詰められた苦しい心を表現する言葉を豊富に繰り出せる人だ。
それだけ、苦しさを強く感じるタイプの人なのだろう。
今回の婦人公論でもこうした珠玉?の表現が随所にある。
最新号では、水銀を飲まされる感じと表現した。
以前は、焼けた石を飲み込む感じとの表現だ。
これは彼女が感じている感覚的なものだが、傍にいる人にとっては、早くこうした状態を脱してほしいと願う。
薬に頼らず、本人自身が工夫をしてネガティブな感覚からはなれてほしい。
しかし、奇妙なことだが、人の苦しさは、他人を救うという別の効果がある。
文学では、作者は、苦しい状況に追い詰められた主人公を設定し、その心を表現する。
その言葉が読者の心を救うからだ。
文学の力であり、文学はそのためにあるとも言えるほどだ。
読者を考えさせたり、希望を与えないとベストセラーにはならない。
読後、読者自身で心に糧を得るのだが、苦しい心を読んで、読者は、「私もがんばらなくちゃ!」と思ったりする。こうした読み方をする人は、女性が多いと思う。
一方、男性は又、少し違うかもしれない。
男性で小保方表現に共感する人もいると思うが、男性は女性の心身症的訴えに、うんざりと感じる人が少なくない。
小保方批判をする人達の中には、小保方氏が手記や雑誌連載をする限り、科学者としての道は絶たれるばかりだと言う。
しかし、小保方氏は今後も彼女のできる手段で、無実の訴えは続けて欲しいと思う。