“他人の心のコントロールはできない”は、大人になれば誰も肝に銘じている。
そうした意味で、誰が呼びかけようとも、若山氏本人にSTAP細胞の謎について解説してもらえる可能性は無い。
そうした意味で、誰が呼びかけようとも、若山氏本人にSTAP細胞の謎について解説してもらえる可能性は無い。
その後に再びの機会のなかったあの若山記者会見は、本当に惜しかったと思う。もっと記者たちがつっこんで情報を入手してしまえば、展開は変わったかもしれない。質問を浴びせれば、若山氏は答えてくれたような気がするし、何か、重要なヒントがあったかもしれない。
STAP細胞がESというのは、キメラ作製までの説明では可能だが、その後の実験はES説では説明できない。若山氏はその実験をした人である。
そうした認識が記者に欠けるため、ここぞ!と突っ込んで聞くという事ができなかった。
記者会見では、片瀬氏がいいところまでせまったが、その後、別の記者により質問の質が低下し、どうでもよいことに戻ってしまった。残念!
若山氏しか答えられない領域を意識して、記者から質問して欲しかった。
あの記者会見時での若山氏は、小保方氏自身で弁明するようにと言っているが、あの頃は、笹井氏のサポートが期待できた。
しかし、その後の小保方氏は、極限まで追い詰められ、ここまで孤立無援になるとは、若山氏は考えなかったと思う。
裁定が出た桂報告書に対し、小保方氏が弁明せず、まるで罪を認めるような状態になってしまった。
そうした彼女の様子を見て、若山氏は内心、予想外だったのではないか?と思う。
ここに関しては、それぞれ人ごとに認識が違うと思うが、学とみ子はそのように思える・・・。
石川氏が山梨大に赴いた時にも、若山氏は健康状態が悪く、落ち込みが激しかったと伝えられている。この時は、桂報告書の裁定はすでに終わっている。
検証実験の一番の問題点は、キメラ作製に主眼が置かれたことで、ここは意図的に設定されたという印象を持つ。
到達点としておかしなことだ。
危惧する通り、結果、キメラができず検証は失敗とされてしまった。しかし、後から、小保方氏が反論するための材料を残してくれたと考えても良い。全てポジティブにいきたい。
丹羽氏の論文は以前に紹介したが、小保方氏のパートが成功したとの解説は、論文の中で記述としては触れていない。検証実験は失敗であったと結ばれている。
ねつ造の科学者164頁には、記者会見で、丹羽氏は須田氏から、TSとESは混じって均一の凝集塊となれるか?などの質問を受けている。
培地の条件では違わないか?
異なる細胞でも凝集塊は見られるか?の須田質問は、ちぐはぐなのだ。丹羽氏は「さすがにそこまでは観察していないと」と答え、現象論として、異なる細胞同士の凝集塊はできにくいと説明している。
そもそも、STAP現象はどのような細胞でも観察できることが売りであった。小保方氏は、いろいろな細胞を使って酸浴後の凝集塊を作り、その塊の細胞に初期現象を起こさせている。
体細胞はすでに分化しきった細胞であり、酸浴後、死滅することなく、細胞同士が寄り合ってくる現象を観察したことは新発見である。複数のマウス由来細胞でも凝集する。細胞の持つ能力の発見である。
遺伝子背景の異なるマウス由来の分化細胞(体細胞)が、酸でダメージを受けると寄り合ってきて凝集塊になる事は記載されてこなかったのだろう。
相澤氏も、検証実験において論文を書いている。
相澤論文では、STAP細胞凝集塊を作ったのは、検証実験に参加した小保方本人である。
小保方氏は凝集塊の作製に成功し、緑の蛍光が強く出た凝集塊もあると書かれている。
この凝集塊をカピラリー、レイザービーム、マイクロナイフでカットして、2.5から3.5日の胚に入れている。
一方、STAP論文では、4.5日胚に注入して、翌日子宮に戻していると書かれているので、若干、日程や手技が違っているようだ。
結果、1051個の胚に凝集塊を注入し、591個を回収したが、キメラはできなかったのだ。
検証実験では、何らかの手技上の都合でオリジナルとは変えているのだが、そうした違いの影響は不明であるが、絶大かもしれない。いづれにしても、結果は失敗である。
そして、キメラ作製の失敗を根拠に、検証実験そのものが失敗と結論された。
そもそも、最初からキメラ作製を検証実験の目的とすると書かれている。
この相澤論文では、一度の実験で2匹のマウスが使われている。そして、この実験は非好意的なメデアの圧力のある中で行われ、時間制限の制約もあったと書いているが、「あの日」に書かれたような厳しい職員による監視体制の様相には触れていない。
若山氏の手技助言ももらえなかったと書かれており、それがどのように影響したかは不明と書かれている。
小保方氏が用いたのは、二匹の異なるマウスの脾臓で、一匹ではない。
一方、丹羽氏の実験では、1匹のマウスから、肝臓、脾臓を得ているようだ。
丹羽氏は単一遺伝子構造の細胞の方が、凝集塊を作りやすいと考えたのかもしれない。
丹羽氏は凝集塊を回収して、巨核細胞観察もでき、幼弱化が良く観察できているのである。STAP派が強調すべき点である。