群馬大学の報告書をざっと読んでみましたが、文章もわかりやすく、状況が素直に書かれているという印象を持ちました。
患者や医師の悩みもしっかり事実の間に書き込まれていて、人間を扱う現場でおきた事件であることがわかります。日本語もしっかりしていて、読みやすいです。
論文も書き、患者さんともしっかり会話する層の人たちの手による日本語だと思いました。

やはり、予想どおり、他の医療機関であきらめられた症例を多く扱ってきたこともわかりました。とにかく、医師は多忙で1日中働き、大事な患者の説明でもナースの同席もなく、それも遅い時間だったようです。
医師はそうした時間でしか、患者のそばに行けないのです。

医療安全は、病院スタッフ全員の業務ですが、理想体制には、人材不足、資金不足が著しくあり、働く人たちの努力で不足を補っています。

現場を知らない上からの力は、効率の悪い医療安全を押し付けますからね。
現場を知らない人、医療安全の効率を知らない人は、何でも書類さえ整えれば医療安全が可能と考えています。

患者証言はまちまちでした。問題となった外科は、積極的に重症例を受け入れていたことが、もう一方の外科からの非難の対象になっていたのですね。

恐らく、他の病院で無理と言われた患者が、群大のこの外科で、「何とかなるかもしれません」「がんばってみます」などと説明を受けて、本人・家族が舞い上がってしまったのかな?と想像されます。

術後、患者の具合が悪くなって医師が説明をしても、一旦アップした患者家族の気持ちは納得できなくなると思います。病気の説明を医師が時間をかけて説明しても理解できない人は多くいますね。

桂報告書を読もうとすると、結局は自力で勉強して、あれこれの専門知識を自分のものにしておく必要があります。そのままでは、書かれた意味を理解できません。
桂報告書の日本語はわかりにくいです。説明を目的として書かれているというより、わかるやつだけわかれば良い!とする主旨の報告書ですね。
研究者間でわかればいいじゃないか?素人は立ち寄るな!に近いですかね?

体に関する問題意識は普段から必要です。そうなると、ある年齢を過ぎたら、もうアルコールはひかえるというのはありですよ。
術後合併症とか?について、各人が健康時から問題意識をもっていることが求められますね。
知識を持たないと、良い治療を選ぶこともできないですね。
世の中のでたらめがん治療にはまって数百万円をとられる人もいます。こうした人に話を聞こうとしても話したがらないです

外科医というのは、ハイテンションでのめりこめないとやれないような業務で、とにかくエネルギーが高くないとこなせません。
ただ、医師の働き方も変化しており、リスクはとれない、とらなくなるでしょう。
そのうち、今とは逆に、医者が何も行動しなかったことを、裁判で問われるという時代が来るかもしれません。
つまり、手術していたら助かったのに・・・で訴えられるとかですが。

以前に女性研修医のNHK(?)ドラマがありましたが、研修医として、緊急医療上、苦しい判断をしなければならず、研修医の判断の結果、ひどく患者側から恨まれる羽目になるとの設定のシーンがありました。泣きじゃくる研修医は、「つらい思いをするために私はなんで!勉強などしてきてしまったのだろう。もっと、もっと、ふつうに暮らしていたら、こんなつらいこと無かったのに・・・」みたいなこと研修医が言っていました。人々を泣かせるシーンですが、学とみ子も泣きますね。

STAPの小保方氏も大いに共感できる言葉ではないでしょうか?