yap*ari*w*katt*na*さんが以下の桂報告書(青字)を貼り付けてくれたのですが、この部分は何度も過去に議論の対象になっています。
FI幹細胞データに関しては当初の解析結果が同氏の希望の分布をとらなかったこと、それにより同氏が追加解析を実施していること、当初解析結果と追加解析結果で使用したマウスの種類も含め結果が異なること、複数細胞種を混ぜた可能性が高いこと(故意か過失かは不明)から不正の可能性が示されるが、どのようにサンプルを用意したかを含め同氏本人の記憶しかないため、意図的な捏造との確証を持つには至らなかった。よって、捏造に当たる研究不正とは認められない。
小保方氏(ら)によるサンプルの持ち込みは、2012年8月、2013年1月、6月ですが、この時、小保方氏は、FI実験をしていたとは考えにくいです。「あの日」(後述)の記載では、幹細胞関連の実験はほとんど若山氏がやったと書かれています。しかし、論文に記載されたOct入りFI細胞は作っていないとの若山氏の話でした。
FI細胞の実験はいつやられたものなのでしょうか?理研はこれを空実験と位置付けているのでしょうか?
ここは、いままでもたびたび話題にしてきました。2017年4月9日にも、関連記事があります
このブログでの見解は以下です。
小保方氏がサンプルを持ち込んだのは、すでに実験が終わってから、公開データベース提出用の遺伝子発現データの提出を求められ、サンプル調整のみ行った。
もし、小保方氏がES混入犯であれば、解析すればねつ造がバレてしまうのだから、それでもわざわざ持ち込むのか?おかしいではないか?です。
すなわち、小保方氏自ら持ち込んでしまった事実は、逆に彼女の無実を証明するものであろうと過去の本ブログに書いています。
その部分を引用します。青字
もし、親の遺伝子と合わない結果が出たら、著者らにとって、すでにこの時点で大変な話であろうし、若山氏にとっても一大事になるのではないか?と思われるのである。
GRASでの解析でどのようなことまでわかったのか?この顛末について情報がある方がいらしたら教えて欲しいと思う。
さらに、不思議に思うのは、リバイス時に求められた実験用マウスの選択に、若山氏が協力していない点である。
若山研が引っ越したのは、2013年3月である。GRASにおけるNGS検査をした2013年1月には、若山研はまだ理研にいたが、6月にはすでにいない。
若山研が引っ越したのは、2013年3月である。GRASにおけるNGS検査をした2013年1月には、若山研はまだ理研にいたが、6月にはすでにいない。
ここについて、「あの日」では、どのように書かれているかというと(茶字)、126頁、
ただし、次世代シーケンサーの解析に用いられていたアンプルは、若山研にいた時に提出したものと、笹井研から提出されたものが混在してしまった。
若山研での実験の大半は若山先生が用意してくれた特殊な掛け合わせのマウスで行っていたが、若山研の引っ越しの後、私にはそれらのマウスは残されていなかったので、シーケンス解析に用いるマウスの系統をそろえる事ができなかった。
リバイスの際の話し合いにおいては、今回の次世代シーケンサーの解析は解析としては浅い解析であり、細胞の性質の傾向をみるだけにすぎない。次の研究できちんとマウスの系統を揃えられた際に、より深く解析して細胞の性質を吟味し、特異的なマーカーなどを探索しようと言いうことになった。
多くのサンプルが若山研にいた頃に作製された。論文にデータとして使用された細胞には、若山研にいた頃に若山先生からChip(クロマチン免疫沈降)は行っても良いが、シーケンサーによる解析は行わないように指示がだされているものもあった。Chipの実験では特定のタンパク質の発現しかわからないが、シーケンサーによる解析を行えば、その細胞の由来などが詳細にわかる。
体内時計さんは、
>小保方氏が論文のストーリーに合うようにサンプル調整をした。
とおしゃっていますが、情報がありましたら実験の時期を教えていただけますか?
小保方氏(ら)サンプルの持ち込みは、2012年8月、2013年2月、6月ですが、この時に、論文に結果が載っているFI実験が小保方氏により行われた可能性もあるのでしょうか?
それとも、実験中にGRASで解析されて結果が論文データになったものとは別に、論文アップに向けて再度遺伝子データが取り直されたとの理解でよろしいでしょうか?
若山氏の非協力や”突然の責任放棄”と「あの日」に書かれた背景について知りたいです。
「あの日」に書かれた、”多くのサンプルが若山研にいた頃に作製された”との記載の真実性はいかがでしょうか?