桂報告書15頁に以下の記載がある。青字
(3)故意か過失か 行為における故意又は過失の認定は、当該行為がなされた客観的状況と当該行為者 にかかる主観的要素を総合的に判断しなされるべきものであるが、ES 細胞混入の行為 者が特定できない状況なので、混入行為が故意によるものか過失によるものかにつき 決定的な判断をすることは困難であり、調査により得られた証拠に基づき認定する限 り、不正と断定するに足りる証拠はないと考えられる。
「当該」などという行政や法律で使われる言葉が使われており、読みにくい文章である。
文章に権威を持たせるための手段なのだろうが、こうした読みにくい文章と内容の専門性は、桂報告書の特徴と言っても良い。
学とみ子も、何度も読んでいるが、ブログを書くたびに、きちんと読め!との攻撃を受ける。
もっとも、学とみ子からも桂報告書を攻撃しているわけだから、お互い様というところだろうけど・・・。
今回は、上記の問題を書く。
この青字文章は、ES 細胞混入の犯人は特定できないと言っており、故意か過失いづれかはわからないが、ES 細胞混入犯はいた!と言いたいのである。
混入犯がいた!という根拠は、単に同一の遺伝子構造を持つ細胞があったからだけなのである。
それも、すべての細胞を解析したわけではないのだから、ねつ造ストリーに合うものだけ、解析したと言われてもしかたない。
なぜ、遺伝子同一性の理由だけで、誰がが混入したという結論に持っていけるのだろうか?
この結論に持っていくためには、混入無くして、同じ遺伝子の動物と細胞は存在しないという原則が必要になる。
しかし、ES,クローン技術の進んだ現在、この原則は存在しない。
同じ遺伝子をもった動物も細胞も、うじゃうじゃと作ることが、若山研究室では可能だ。
(それは、優れた技術ではある)
例えば、小保方氏がクローン動物を受け取ったら、同一の遺伝子構造の細胞は他にも存在するのである。
つまり、いくら遺伝子検査をして同一性を証明したところで、ES細胞を混ぜたという結論に持っていくことはできないのであるが、桂報告書ではそれをしてしまった。
その結果、目撃者もなく、自白者も名乗り出ることなく、混入の事実だけが結論となったのである。
そもそも、生物細胞は個々の種で増殖する。生物はお互いに陣地取り争いをすることを考えると、混入したままの状態を保ちながら生物細胞が増えていくことはない。細胞の混入は、遺伝子研究者たちが、イメージする用語なのだと思う。なぜなら、遺伝子解析は、混入した割合で、結果が得られるからである。
例えば、酸浴後の培養5日位の間に、犯人がESを混ぜることができるとある。
もし、小保方氏がESを混ぜることができるとすると、その機会は、若山氏にスフィアをわたす直前でしかない。
2日前に混ぜたら、コロニーの形態が乱れてしまうだろう。
桂報告書は、遺伝子解析の専門家たちが書き上げた結論だろうから、STAP細胞の機能にまで、関心が及ばなかったのだろうと思う。そして若山研究室のクローン技術の高さも、考慮にいれなかった・・・。
桂報告書にとって致命的なのは、FI細胞実験で、若山氏がFI細胞の質を見るために、あれこれと培養実験していた事実である。
2種類の細胞を混ぜていたら実験は進まない。
今回、遺伝子構造が同一であっても、その機能がESとSTAP細胞では異なっているという解析データが出現したのだ。
この発見は、論文の形とか、無理なら何らかの別の形にして、それなりの公表の仕方を工夫をしてほしいと思う。何か進んでいるのかな?次なる情報が欲しいなあ・・。
いづれにしろ、STAP事件は、激しい科学者間の競争の結果、起きた悲劇だ。
STAPねつ造疑惑ののろしを上げたのは、遺伝子解析の人たちが多かった。
遠藤氏らの遺伝子解析学者の広報活動にマスコミがのっかり、STAPの疑惑が社会問題化したのだ。
生物学者たちと、遺伝子研究者の間の確執が、STAP疑惑の根幹だったと思う。
今回ブログの最後に紹介した西川氏は、”牙をむいた”と表現している。
若山研究室や笹井研究室などに属する生物学者たちは、生体サンプルを、遺伝子解析室に持ち込み、そのサンプルの遺伝子解析は、遺伝子解析の研究員たちが手足を動かし、協力した。そうした共同作業の中で、主従の関係が生まれ、遺伝子解析の研究員たちのフラストレーションは高まっていたようだった。
遺伝子解析をする研究員は、中央検査室的立場になり下がったと感じていたのかもしれない。
しかし、遺伝子解析が中央検査室的立場であろうとも、不正は絶対許さないとした力関係だったのだろう。
両者間の確執が強かった様相は、若山研究室があえてサンプルの名前を変えて持ち込んだりしていた事実からも伺い知る事ができる。
研究室の拡大には、予算、名声、優れた研究者などを奪い合わなければならない。
STAP事件については、いろいろコメントをしていた元CDBの副所長の西川氏は、研究者間での激しい競争の責任の一端は、ご自身にもあるとネットに書かれている。
http://aasj.jp/news/actograph/1976
以下引用は、青字
生命科学領域の科学者コミュニティーは、科学者間の連帯が欠如し、むき出しの競争だけがある格差社会へと変貌していたようだ。勿論笹井さんも、そして私自身もこの様な格差社会成立に手を貸した一人だろう。しかしついにこの格差社会が牙を剥いた。
http://aasj.jp/news/actograph/1976
以下引用は、青字
生命科学領域の科学者コミュニティーは、科学者間の連帯が欠如し、むき出しの競争だけがある格差社会へと変貌していたようだ。勿論笹井さんも、そして私自身もこの様な格差社会成立に手を貸した一人だろう。しかしついにこの格差社会が牙を剥いた。