若山氏は、いつから論文撤回に向けて動き始めたのだろうか?

多くの人は、論文発表後に、STAP幹細胞の遺伝子が親マウスと違うことが明らかになった時からではないか?と思っている。

「あの日」によれば(152頁)青字、
(2014)年3月10日。NHKの取材に対し、(若山氏は)テラトーマの画像を理由に、「論文を撤回したほうがよい」と発言し・・・翌3月11日には追い打ちをかけるように分子生物学会理事長のの大隅典子先生から再び声明が出された。
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2014年3月25日、小保方に渡したマウスと若山先生が解析したSTAP幹細胞のマウスの系統が違うとの報道が出た。・・・・

これは、若山氏が、第三者(放医研と言われている)に、検体の遺伝子解析と依頼した話だ。その解析は後で訂正になったものの、若山氏はこの時のトラブルを利用して、論文撤回を進めた。

「あの日」でも、小保方氏は自らの検体ボックスから無断で若山氏が検体を抜き取って山梨に持って行った!と、やや憤慨気味で書いている。そして検体選別の権限はすべて若山氏にあったと言っている。

若山氏が論文撤回に向けて動き始めたのは、テラトーマの件であると小保方氏は認識している。
その後の親マウス(若山マウス)とSTAP遺伝子が合わないことではないようだ。

こうした記述から予想されることは、小保方氏はGRASの2012年8月の情報を知らなかったように読める。
そして、笹井氏は、どのような状況であったかは不明だが、そのまま二人は論文の執筆を進めていた(つまり、知らない?)。
GRASが遺伝子解析の結果を、研究者たちに話さないなどということが現実にあるのだろうか?

しかし、若山氏はすでに知っていた可能性を考えて良いのではないだろうか?
それは、彼は研究の指導者でもあり、いろいろな状況を考えても知らなければいけない立場であるからだ。

2012年の時点で、GRASは研究の指導者である若山氏に情報を提供していたのではないか?と考える方が普通だ。もちろん、検体を持ち込んだ小保方氏にも、その結果は還元されるべきであった。

若山氏が、GRASの解析結果(STAP幹細胞がAcr/Cag-GFPであったこと)をいつ知らされたのかという疑問は残る。本人のみぞ知るであるが・・・・。もっとも、若山氏が、遺伝子が入れ替わってしまった経緯の一部始終をすべて知っているのかもしれないのではあるが・・・・。

マウスの遺伝子が合わない話は、論文撤回となるような重要な事実である。(事実それで論文が撤回された)
若山氏が、もしGRAS解析を知らされていたなら、このGRAS解析を契機に、自己点検委員会と若山氏は協力体制になっていったとのストリーが書けるのである。
つまり、若山氏は、論文発表前にすでに、STAP論文撤回を狙える立場となったのである。

論文発表前、ねつ造の証拠(GRASにおける解析)は、自己点検委員会はすでに把握し、そして、分子生物学会にも流れていったかもしれない・・・。ねつ造の証拠というのは、ねつ造があった(実際は無いが)と主張できる証拠という意味である。

若山氏は、笹井小保方組と、理研の自己点検委員会と、どちらとも表面的な友好を保ち、その後の顛末を見て自らの行動を決めることができる立場となったのだ。

STAP研究開始前も、開始後も、理研内に若山研究室の研究内容をチェックしている学者グループはいたと思う。しかし、ねつ造疑惑が高まるにつれて、このチェックグループと、若山氏とがつながるようになっていったかもしれない。すなわち、両者の協力体制ができあがったかもしれないのである。

自己点検派の学者たちと連携ができあがれば、流れを組む自己点検委員会によるねつ造調査に、若山氏が協力する立場となり、その結果、若山研究室は容疑者ではなく、逆に守られる立場となる展開が作れる。

「あの日」では、STAP研究のオーサーシップで研究者間にトラブルがあったことが書かれている。若山研究室は、アーティクルもレターも、ファーストオーサーが小保方氏になってしまったことに不満であったのは間違いないだろう。若山氏の心中は不明であるが、若山氏は研究員たちをなだめ、大人としてふるまったのかもしれない。

若山氏は研究室の長として、STAP細胞の無事なる出船を願う部分もあったかもしれない。
STAP幹細胞やキメラ実験の大事な仕事を、小保方氏に譲っても、長期的展望に立つ若山氏は、「武士は食えねどど高楊枝」の態度をつらぬきたかったかもしれない。

しかし、矜持の若山氏とは異なり、若山研究員たちの不満は果てしなく強かったのではないだろうか?

研究員たちは、苦労して仕上げた結果が皆、小保方氏の仕事になってしまったと考えた。
STAP研究は、小保方の仕事ではない!と考える若山研究室員の反発はますます強くなっていったであろう。

小保方氏は、「あの日」に、若山氏の主張した取り分などについて書いているが、この時の、若山氏の心境はうかがい知ることはできない。

しかし、論文発表後、ねつ造疑惑が本格化してからは、若山氏も「今だ!、今しかない!」と考えて、ねつ造論に舵をきったのである。

この時の若山氏は、いろいろな状況を考慮して、一気にねつ造論で舵をきる決意をしただろう。
実は、若山氏は、もっと早い時期から、こうした展開を予期できる立場であっただろうが・・・。

SNSで、小保方氏に強く、生データを出せ!生データを出せ!と迫る人たちがいた。
STAP研究の成果は若山研究室のものだ!と叫んでいるように聞こえる。
小保方氏が若山研究室における生データを出せる状態に無いことを知っていて騒ぐのである。
世間的に、ねつ造犯のイメージをつくりたいからである。

結局、詳細は、第三者の私には不明は当然だが、STAP事件の解明への希望を込めて、疑問を提示させてもらった。

GRASの解析結果を、小保方氏が本当に知らなかったなら、STAP事件の大事な疑問点と思うのだ。