2015年の「文藝春秋」に以下の記事が載っているそうだ。作家の宮部みゆき氏と須田氏との対談とのことである。以下、一部を青字で示します。
http://open.mixi.jp/user/4541837/diary/1941015386

宮部氏はその書評で、こう書いている。
「自分はミステリー作家だが、推理小説での犯人探しの基本は、「その結果で利益を得る者は誰か」ということだ。その観点を念頭に推理小説を読むように本書を読了し、悲しみと共に愕然とするのは、STAP細胞事件には、この「利益を受ける誰か」が存在しなかったということだ。誰にもいいことがなかった。誰もが傷ついた。犯罪がペイしないように、捏造もまたペイしない。それは希望のみを優先し、地道に一歩ずつ現実を切り開く科学的なものの考え方に背く行為であり、結果として、大切だったはずの希望をも打ち砕いてしまうのだ」

小保方氏には、動機がない。そんな小保方氏が、苦労してねつ造をして、何も得られるものがない。
動機が無いだけでなく、彼女のキャリアからして、ES細胞の遺伝子を操作する技術と知識がない。
この事実だけからも、小保方氏ねつ造説は無理だろうと思う。

STAP事件解明に向けて、声をあげないけれど、ウオッチしている多くの人たちは、皆、そうした理解でいると思う。

小保方氏がよろよろになりながらも、ねつ造犯として時間が過ぎているのには耐えられないとして、身の潔白を訴えるために、「あの日」を書いた。そこに書かれた研究室内部の暴露や、その後の出来事がある限り、この事件は、これからも風化することは無いと思う。

事件から2年以上たち、若山研究室での不審な行動はいろいろ明らかになった。
そこには、小保方潰しをしたい動機を持つ人がいる。
宮部氏の言う“得をする人”が、若山研究室にはいるのだ。これだけで、若山研究室は、世論に向けて不利な状況に立つ。

若山研究室がこのまま沈黙していたら、この不利な状況は、ますます強まるだろう。
擁護派の人たちは、若山研究室がだまっていたら不利になるような状況に追い込もうとしている。

細胞の万能性とか、ES細胞というのは、私にはなじみがなかったが、日経サイエンスの記事を初めて読んだ時、書かれている内容が、飛躍に満ちている事、著者が勝手に決めつける書きぶりに驚いた記憶がある。
専門家ではないはずのサイエンスライターが書いた内容ではないと感じた。

「そうは決まらないだろう?
それだけで、そう言っていいわけ?
そんなことなぜ、して良いの?」
と、私にとって、疑問だらけの日経サイエンスの記事文章であった。

当時、須田氏の単行本も買ったが、そのタイトルと、表紙になった3人の写真を見てあきれた。今もこの本は読んでいない。
しかし、彼女たちはマスコミ人であり、目的があることを考えると、責めてもしかたないところがある。
そして、彼女たちは商売でやっていると考えると、あきらめがつく。

STAPねつ造論を唱えた人たちは、皆、当時、捏造論を支持するための目的があったのである。

捏造派は、若山研究室の学者たちを個人崇拝していた人もいたであろうし、既存の権威や業績を守りたいと考える人もいたであろう。
CDB以外でも日本中の理研の関係者たちは、自らの理研組織を守りたいと思ったであろう。
だから、そうした立場の人であれば、ねつ造派としての行動が理解できる。

一方、小保方氏側から見ると、彼女には目的が無い。若い研究者が、とんでもない名声を欲したりはしない。
彼女はすでに、十分、恵まれている。

小保方氏が嘘をつくこと、他人をだますことが楽しくて、自らの嘘を忘れて行動している人だと言う精神科医がいたが、その精神科は、本気か?と言うところである。
「あなた、本心でそう考えているの?」との質問を、精神科医にぶつけたい。

精神科医が一生のうちに遭遇する患者さんの中には、それに近い人がいるかもしれないが、一時的にそうした病的状態になる範疇の人であろう。

でも、精神科医の中には、虚言癖患者がしばしば現実にいて、周りの人を皆、巧妙にだませてしまう能力がある天才がいると言う。小保方氏は、まさにそうした虚言癖の人であるとマスコミに語るのである。
虚言癖の人では、継続的に知的な周りの人たちをだますことなど、できないのである。
精神科医の診ている虚言癖の人たちの日常生活を示せ!と、私は言いたい。

では、なぜ、小保方氏がそうした歴史的症例であると精神科医はしゃべるのであろうか?
それは、とりもなおさず、マスコミが“小保方虚言癖説”を唱える精神科医をとりあげてくれるからである。
そして、その精神科医の名前がマスコミに売れるからである。
精神科医が、虚言癖についての本を出していて、この本を売り込みたいのである。

“人の行動には目的がある”と宮部氏が語るように、STAP事件に限らず、この原則は心理学に限らずすべてに大事だ。
和モガ氏の推理ポリシーにも、しばしば出てくる。

人には立場がある。誰もが、収入を得ている先、所属している先(職場)に束縛された立ち位置をとる。
これは、社会人として自然なことである。

日経サイエンスの著者は、詫摩氏と古田氏であったが、彼女たちには、スクープ記事を書く、雑誌を売れるようしたいとの大きな目的があった。記者としても名誉と名声もかかっている。

マスコミ人として詫摩氏や、古田氏は、その目的でがんばったのである。だから、今も、STAPねつ造説を主張し続るしかないのである。

BPO判断で名誉棄損の裁定が出た時も、「BPO{委員は、学者たちにインタビューをしたのか?」と、詫摩氏は書くしか手段が無いのである。本気で記者仲間で、そうした話をしあったわけではないであろう。

実際にかわされた会話を勝手に想像したとすると、
「BPO、名誉棄損でたねえ・・。この先、ねつ造説がひっくり返ることがあったら困るなア・・・。学者たちは、もう何も言ってくれないしね。マスコミを2階へ上げておいて、学者たちは梯子はずしたのよね。マスコミが利用されたって事じゃない?」
とのぐちであろう。

勘の良いマスコミ人は、取材を続けながら、ねつ造論に疑問を感じ始めていたが、出版社に属する立場があり、記者の本心は書けないのだろう。

取材を続ければ、小保方氏による無罪主張の行動は、社会のコンセンサスを得ているなあー、と感じるだろう。

マスコミ人が、ねつ造説を支持している学者にコメントを求めても、けんもほろろに「今さら何なんだ!調査委員会の裁定は終わり、解決済だ!」と怒る学者がいるだろう。

今後の雲行きに応じて、マスコミが七変化してくれるのを期待したいと思う。