婦人公論の今月号がスーパーに出ていたので、またまた、立ち読みした。

今回は、雑誌の表紙の見出しに、“小保方氏はBPOで人権侵害が認められた”と、しっかり書かれていた。
前回の婦人公論は、理研を辞めて放浪の旅編だったが、一足飛びに、最近の日記へと移行した。

表紙に見出しがのるという取り扱われ方は、多くの人の目にとまる。
本を手にした女性から男性への情報もつたわるであろう。
やっぱり、ねつ造ではないね?とか、これじゃあトカゲのしっぽ切りだね!とかの家庭内会話が起きたりするかもしれない。

今回は、1ページ半のボリュームで、斜め読みには難しい感じだが、そこは、やはり立ち読みなので、短時間でこなすしかない。そうして斜め読みした上での私の感想だ。

内容は、BPO発表を待つまでの、小保方氏の心がつづられている。

書かれた内容を読むと、小保方氏はだいぶ、具合の良い日もあるようで、いよいよ、本来の彼女にもどりつつあるのかな?と思いつつ、読み進むと、又、具合が悪くなってしまうことがあるようであった。

身体的な病気であれば、急性期を乗り切って回復してくれば、後はそのまま、本人の自力の回復力が発揮される場合が多いが、メンタルの病気は難しいということなのだ。

BPOの判断の発表時には、申し立て本人が出席することとなっているとのことで、発表の日には、小保方氏も弁護士と共に、気合をいれて会場に乗り込んだとのことである。

これを読んで、小保方氏には気合を入れる日というのが必要なのだろうと感じた。
つまり、本人にとって、気合の入る日を繰り返すことができれば、病気の快復になりより効果が出そうだと想像した。
彼女のような原因のはっきりしたうつ状態は、元の原因が解決されることが回復の重要ポイントであろうから、良い気合をつみかさねることが必要なのだと思う。

それでも、気合の入る日というのは、ある意味、戦いの場である。
これからの小保方氏は小さな戦いをくりかえして、ジョブを相手に小出しに出し、相手の自滅を待つという作戦もある。そのうち、自然と小保方氏に有利な事態になるかもしれない。

リケジョとしては、訴訟等で戦うのが本来の姿であるとは思うが、体調を考えて、作戦変更は現実路線だろう。

元々、小保方氏にねつ造の証拠は無いものの、世間からねつ造犯と思われている事が、うつの根っこであると思う。そのため、社会全体はねつ造の判断をしていないと、小保方氏が信じることができたら、彼女の病気回復は早いと思われる。

訴訟は、原告自身や被疑者など多くの人を傷つけ、(場合によっては次なる自殺者も予想され)、多くのエネルギーを必要とする。
人の名誉であるとか権威であるとか、失われるものが多い。つまり、恨まれる。
お白州の場で、悪人が白状して、めでたしめでたしの話ではない。

ねつ造疑惑が実際にあるとすれば、その疑惑は、別の研究者の方がずっと疑わしい。

捏造の証拠とされた、”STAP細胞とES細胞が同じ細胞である”と判断された背景を、今後も追及していくのは、STAP事件解決に必要だ。

STAP細胞に自律的な増殖能力を持たせるために、ES細胞の持つ増殖能力を一時的に借りた可能性を和モガ氏が指摘しており、論文となった遠藤解析にその証拠を見出している。
細胞同士を接触させたり、液性成分などで、細胞同士の生存がサポートされるのだろう。
http://wamoga.blog.fc2.com/

この事実も、小保方氏に極めて有利になる証拠ではないだろうか?
彼女自身で、“STAP細胞とES細胞が同じ細胞である”現象が起きた理由をやさしい言葉で解説してほしいと思う。

追加
根本的疑問さんのブログで、婦人公論での小保方氏発言をまとめている。茶字
http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/17816610.html

(5)コメントがあれば、BPOから会見時に伝える旨言われて、コメントを書いた。
「一体何度目のコメント作成だろうか。これが一連の騒動に対する私の最後のコメントになるのだと思うと胸に迫るものがあった。」
(6)番組放送後から今日まで片時も頭から離れなかった。審議が終わったら安堵すると思っていたが、実際は混乱している。

これを読むと、小保方氏は告訴をしないつもりを暗示しているのか?とも読める。
彼女の気持ちは第三者ではわからないが、本人自身も分からないでいる様子に見受ける。

ねつ造犯ではないと思ってくれるのは、一部の人だけで十分と小保方氏が思っているのか?、それとも、戦いたい気持ちで揺れているのだろうか?

第三者の勝手な推測で申し訳ないが、こうした場合は、行動した方が、長期的には良いような気がする。

短期的には、告訴などせず、沈黙を守る方が体の負担が少ないとかんがえているかもしれないが・・・。

結局、人は年を取っていくし、物事の価値観も変わっていく。

これは一般論であるが、若い時に苦しい思いをしたであろう女性たちが老境に入ると、いろいろな身体症状を起こす。

つまり、若い時に自我が否定された経験を持ち、それを解決できないまま、ずーとかかえると体に悪いのである。
意思がとおらない経験は、その人の存在が無視されたということだ。

若いうちは、頭も柔軟で、サポートしてくれる人がいる。
大脳皮質も機能している。

しかし、老人になると大脳皮質が変わる。
自ら考え、乗り越えられれば問題はないのだが、それができない状態になる。
老人には、悟りの境地と逆の現象が起きてくるようだ。

自我を通そうと努力することは、若いうちにしかできない事だと思う。