シッダールタ・ムカジーという著者による「がん 4000年の歴史」という文庫本がある(2016年、早川書房、上下巻)。
下巻から入り、レトロウイルス発見とがんの発症について書かれた部分を読んでいる。
初めの部分は、英国の煙突掃除の貧しい子供たちがり患した、がんについて書かれていた(涙)。
この本は、短時間でも、どこから読み始めても良いように書かれている。
たまたま開いたページから読むこともできる。意味が通じなければ、前にさかのぼったりできる。
あらゆる科学分野のアプローチで、がんの発症メカニズム解明にせまった歴史書と言える。
内容はやや難しいが、プロ向けの論文ではなく、一般向け、小説風に書かれた読み物である。
今は、誰でも科学や医学にアプローチできる時代である。
だから、専門家の判断だけで、物事が動かなくなってきたと思う。
科学コミューニティは時にフェアではなく、名声のある人に弱く、無い人には冷たく、差別的な世界であることは世間にもうばれている。そうした意味で、科学コミューニティは反省の時である。
この本を読むには、基礎知識はあった方が良いが、無くても興味がある人であれば、内容を理解していくことは可能であると思う。
例えば、身近な人ががんになった場合、医者の言葉に疑問を感じる場合、人々はがんに関する知識を求めると思う。興味を持続すれば、科学はいつか自分のものになり、役にたつと思う。
上巻はかなり昔の話のようで(未読)、こちらもおもしろいかも・・・。
科学の世界では、偉大な発見がされても、次なる偉大なる新発見に上書きされて、科学知識がとどまるところを知らない。
すごい勢いで変化していく。そこには科学者たちの喜び、怒り、消耗、絶望が読み取れる。
過去には、いろいろな訴訟もあったし、科学者たちの名誉をかけた戦いの歴史でもある。
今や、学生の講義用となった知見でも、そうなるまでに、どのような経緯をたどったのかがわがわかるしくみだ。
学者たちは、反駁し合い、足元をすくいあい、激しい競争と抗争を繰り返した。
自説にのめりこみすぎて科学者がつぶれているエピソードなどが盛り込まれている。
こうした説明をすれば、STAP騒動を考えるに適した本であるとの理由がわかるだろう。
STAP事件を追っている人たちにとっては、上記紹介した本は、興味深いのではないか?と思うのである。
この読み物によると、STAP事件に参考になるような事例があり、繰り返される人間臭い抗争の歴史が見える。
「偉大な科学は、偉大な対立から生まれる」と、書かれている。
今回のSTAP事件は、科学者間の対立が極めて不公平、理不尽に扱われているので、これでは、科学では無いと、一般人は感じている。
つまり、科学コミュニティは、疑問を放置し、1個人の名誉を汚し、世論を無視していると思う。
幸せの追求に貢献するはずの科学が、人々を不幸にしている状態だ。
さらに、上記紹介の本には、このような指摘もある。
「リスクに関するデータを提供し、証拠と因果関係を絶え間なく主張し続けることは科学者の役目だが、最終的な解決は政治にゆだねなければならない。
「リスクに関するデータを提供し、証拠と因果関係を絶え間なく主張し続けることは科学者の役目だが、最終的な解決は政治にゆだねなければならない。
科学者間の激しい対立、解明できない科学の一場面においては、当事者双方の納得に向けて、政治的解決の手段があると、この書が言っている。つまり、以前から、人々はそうしたことも行ってきたのだ。
同様に、STAP事件についても、関係者とフォロワーが納得するためには、国が解決に動いても良いのだと思う。
理研調査委員会は、証拠を示さずして、小保方氏単独に混入の疑いをかけている状態だ。
理研の事務方は、一般人の感覚に近いだろうから、この点は、問題視していると思う。
事務方は事務方の判断で、あきれたと思うこともあったであろう。彼らは研究者間のいざこざの実態も見ているのだ。
このままでは、国の研究所として、国民に対して、申し訳ないという気持ちになってもおかしくないと思う。
だから、名誉棄損が無きよう、理研としてのコメントがあっても良いと思う。
人権侵害裁判で訴えられる前に、理研は何らかの言及をしておいても良いと思う。
事務屋サイドで仕切れる落としどころはないのだろうか?
それは事務方の役割であるし、一部の学者たちの暴挙を見逃してはいけないと思う。
例えば、理研は、小保方氏が混入の犯人と断定していないことを再確認したり、混入の原因となるような他の可能性を紹介したりしても良い。
突拍子もない話かもしれないが、一般人参加の公開討論会などのイベントを開催するなどしたら、人々のモヤモヤはかなり解消しそうである。
参加者が、STAPを語り合うのも良い。そうなれば、須田氏や日経サイエンスの記者もイベントに参加して欲しい。
もちろん、小保方氏も参加して、STAPの正当性をプレゼンしても良い。
参加者が、STAPを語り合うのも良い。そうなれば、須田氏や日経サイエンスの記者もイベントに参加して欲しい。
もちろん、小保方氏も参加して、STAPの正当性をプレゼンしても良い。
話すことで、PTSDにも良い効果があると思う。
理研のES支持論者は、混入の手口について、推論を語っても良い。
小保方氏は虚言妄想の異常な人であるとは、人々は思わないだろう。
病気の人は、科学コミュニティで生き残れない。
「この人、おかしな人だなあー、これは病的だろう・・・」と、皆にばれてしまうのである。
上記の本でもかかれているが、他人を納得させるには、力が必要である。
熱意と才能のなせるわざである。誰でもできることではない。
自らついた嘘を忘れて信じてしまう病気の人では、他人を納得させることなどできない。
なぜ、STAP細胞と酷似(同じ細胞)のES細胞が見つかったのか?
その原因として考えられる諸説を一般から公募して欲しい。
和モガ説は有力な仮説になるだろう。
議論が沸騰したら、事務屋が発言を制限すればよいのである。
理研が皆のための科学的議論を企画することで、事務方の矜持が保てるような気がする。
おかしな科学コミュニティの判断に対し、国の看板を直接背負った理研事務屋が、何か意見できるしくみがあっても良いのである。
事務方が団結して、科学コミューニティに一矢報いてくれないだろうか?
そのための国家公務員でいて欲しいと思う。