地方の地域医療が崩壊しつつあると騒がれてから久しい。
時代の波につぶれてしまった病院の再建は困難となっている。

特に、地方の中核だった公的な総合病院の再建は難しいようだ。
救急医療や公的病院を確保せよ!との、地域住民は要望し、役所に圧力をかける。
役人は病院の維持にがんばろうとするが、中核となるドクターを確保するのが難しい。

一方で、核になるドクターがふんばっている病院はつぶれにくい。ナースたちの士気もあがっている。

公的病院の崩壊は、ドクターたちの大量離職から始まる。
こうした危機に対して、役所が政治力を発揮して病院を再開するのは大変だ。

何を言いたいかというと、内部からの崩壊に対しては、組織は弱いと言いたいのだ。 政治力が働きにくいと言える。
一般企業でも同様であろうが、病院や研究所のような専門性の高い施設の内部崩壊はなおさらである。

神戸理研CDBの解体には、大変な政治力が働いたなどと解説する人がいるが、私は政治力というより、内部から解体に向けた作業が沸き上がったために、事が進んだと想像している。

つまり、理研内部から解体を望む声が出て、その筋書き通りに事が進んだのである。
文科省が指導したわけでもなく、まして政治家である大臣が進めたわけでもない。

病院も、もう働きたくないと考えるドクターが辞めると、残りのドクターの負担が増え、結局、その人も辞めて、あっけなく消滅するものだ。

同様に、不名誉な論文の出るような研究施設であって欲しくないと望む理研内の意向があれば、反対も少なくなり、組織の消滅は早い。

STAP実験中から点検や干渉を続けてきた理研内の自己点検グループやその委員会が、解体ストリーに重大や役割を演じたであろう。それに応じて理研上層部が理研の改変シナリオを書いたのであろう。

表面的には、外部委員から構成される改革委員会が、実際の解体のストリーを指導したかのようになっている。しかし、この改革委員会の質は、今ひとつ高くなかったとの指摘がある。

改革委員会の手による文章はひどいと、擁護派の人たちが酷評した。
官僚的文章を読みなれた立場の人から見ると、委員会の知的構成がおかしいのである。
つまり、プロっぽい公的文章を書けないような改革委員会は、所詮、付け焼刃的な存在に過ぎなかったとの批判だ。

改革委員長として、およそ生物学とは関係のない外部の学者が選ばれた理由はなぜか?
この元教授が、なぜ、委員会の長に適していると判断されたのか?
元教授の攻撃的な態度が、解体シナリオ進行に好都合に利用されたのか?

残念だが、こうしたブラックボックス的なやり方は、日本的ともいえる。

人選について、誰も責任を持たず、不透明な人選からなる桂調査委員会も同様である。

当然、調査委員会の委員として肩書がある学者たちを選んでいるが、その人が知識だけでなく、フェアな調査ができる立場にある人なのか?偏りのない判断ができる技術や手段を持っているのか?などについては全く、審査されることは無い。

内心は迷惑な話であることは百も承知で、選ばれてしまった学者たちは、委員要請を断れないのだろう。
ここも日本的であり、スモールワールドである。
調査委員になることで、学者たちは、訴訟の対象になるかもしれない危険な任務を押し付けられているのだ。

当て職という言葉があるが、これは、ある役職についたら、別の役職も一緒に兼ねることを言う。
役所では、しばしば、使われる言葉である。
つまり、担う仕事にふさわしい人が選ばれるわけでなく、立場で仕事をこなした形にすることをさす。
当て職についた人は、問題提起や改革などは期待されておらず、現状維持が最優先である。
決して、真実を追求したりはしない。波風が立たぬよう、元ある状態を維持するための役職なのである。

(余談だが、こうした人選と比べて、オリンピックの代表選手の選抜など、本当にフェアなものだと感心できてしまう。)

小保方手記によれば、幹細胞の作成には小保方氏は関与していないと言う。彼女は、マウスの系統も知らないと言う。
これが事実だとすると、小保方氏がES細胞をSTAP細胞の増殖中に混ぜることなどできないのである。
手技的にも、人工培地で培養中に別の細胞を混ぜることなどできないのである。

実験中のES汚染があったというなら、実験台、壁、ピペットなどからのES汚染などではない。
むしろ、もっと基本的手技にまつわる重大な汚染である。
例えば、培養液などに、除いたはずのES細胞が毎回、混じってしまうとか、そうしたタイプの事故であろう。

こうした事故は、幹細胞や、改変動物を作る時に起きうる。
複数の実験者たちが、汚染させた人たちであると疑われてしかるべきる立場なのだ。

混ざってしまったES細胞は、若山研究室で日常的に使われていた若山研作成のES1であろう。
これは、STAP幹細胞の本態と言われたアクロシン入りの細胞であるが、それは、太田氏のつくったES1ではない。若山研で作られたES1は、太田氏が使用した親マウスの系統とは異なっている。

つまり、太田ES1ではない細胞が基準として、解析されたかもしれないのである。
基準とされた太田ES1は、若山研から提出されたとされており、本来の太田ES1で無い可能性がありながら、若山研は、基準比較のための太田ES1として提出したのである。

もし、共培養などが実際に行われていたと仮定すると、培養液にわずかに残った若山ES1が、STAP細胞を凌駕して増殖し、STAP細胞は消え、ES細胞に置き換わってしまうことが可能なのだ。シャーレ培養中では、異なる細胞は混じらないが、一旦、生きた動物の中に注入した細胞は、陣取り合戦をして強い細胞のみが生き残れる。

こうして、出来上がった検体(キメラやテラトーマ)を構成する細胞は、若山ES1である。
つまり、こうなると、誰かが故意にSTAP幹細胞にESを混ぜてしまった結果と同じ結果となってしまうのだ。
後から行われた遺伝子解析で、犯人が混入させたと言われてしまうのである。

混入事故説を採用すれば、小保方氏のみが疑わることは無く、実験にかかわった全員の責任問題となる。

一方で、事故による混入でなく、悪意をもった故意による混入説が推論されている。
ここを指摘するブログの説明によると、故意に細胞を混ぜたり、差し替えたりした証拠が、各解析細胞の遺伝子の近似率に表れていると言う。

解析された各細胞間において、きわめて遺伝子が近似している理由、少しかい離している理由、全く類似してない理由のすべてが説明可能になると言う。
http://wamoga.blog.fc2.com/blog-entry-136.html

STAP幹細胞やES細胞は作り方が全く異なるものの、チューブの中におさめられてしまえば、全く区別がつかない。チューブの中身の本態は作った人しかわからず、ラベルを貼り替えれば、両者が入れ替わってしまう。

後になって、ラベルに基づいた解析をしても、正しい答えは出ないのである。
ラベルを信じてしまうと、STAP幹細胞もキメラ・テラトーマも、ESから作られたことになってしまうのだ。

しかし、上記のブログによれば、各細胞の遺伝子を網羅的に解析できたおかげで、正しい推論をすることが可能になったという。つまり、微妙な細胞間の遺伝子近似率の違いから、どの細胞からどの細胞がつくられたかの順番がわかるのだと言う。
そして、こうした入れ替え作業ができる人は、遺伝子に熟知した人に限られるとのこと。

さらに、上記のブログによれば、細胞を入れ替えてしまうと、遺伝子構造が変わってしまい、理論が合わなくなってしまうリスクがある。
(もともと、細胞同士で、親や兄弟の関係がある。)
そうしたことを避けるために、あえて、異なる細胞同士を適量に混ぜて工作しているとのこと。
つまり、遺伝子構造をカモフラージュさせるためのこうした人為的作業が、かえって疑義を高める結果になってしまったと指摘である。

私自身は、事故による混入説が一番、関係者を傷つけないで済むと感じる。
しかし、真相はわからない。
だから、小保方氏が発する疑義に対してはもちろんのこと、擁護派の人たち、一般人から出される疑義の指摘に対して、理研関係者から真摯なコメントを聞きたいものである。