ウッディアレンの監督、脚本、主演映画『僕のニューヨークライフ』(Anything Else)の続きである。
前回、ブログで次のように書いた。
愛や性的魅力を失った中年過ぎの女性の行きつく先は、厳しい。
ヒロインのメリンダが、中年を過ぎたら、悲惨な人生になっているのではないか?と考えてしまう。
この映画の、女性ヒロイン(メリンダ)は、過食症、タバコ中毒、不眠症、パニック障害がある。
自らの感情や欲望をコントロールすることができない。しかし、若いメリンダは、心のコントロールできなくとも、友達も恋人もいる。
こうした仲間たちがいなくなったら、メリンダはどうなるのか?踏み台にしていた恋人も去った後、彼女はどうなるのか?
ここから、彼女の長い苦しい人生が始まるだろう。そして、自らで解決に向かってほしいと、観客の女性は考える。女性にとっては、その後のストリーの方が、おもしろそうだ。
女性が結婚していたら、中年後に、悩まされるのは、マンネリ化した家事であろう。家事が楽しいと思うかは、その人次第であるが、女優を目指していたメリンダなら、家事はつらいものだろう。
人は誰でも、自己主張と自己満足が得られなければ、メンタルは悪化する。
やる仕事は、自らが評価でき、自発的にやる気が起きないと、こなすことが苦しいのだ。
これは、男性でも同じであろうが、心に沿わない人生が続けば、メンタルは悪化する。
家事をほめてくれる誰か、あてにしてくれる誰かがいれば、女性は、家事もこなせるだろう。
しかし、努力しても、けなされる、怒られる、当り前と思われる、無視される、という毎日では、女性のメンタルは悪化する。
今、定年後の夫の昼食の世話をすることで、主婦の“昼食うつ“というメンタル悪化があると言う。
夫は、悠々自適に暮らせる一方、妻は1日3食の準備が重荷になる。
妻は、夫が働いていた時には、夫の世話をやくことは自らの仕事として評価していた。
しかし、妻は、定年後の夫には、こうした評価ができなくなるのであろう。
妻は、自由にしてきた昼時間帯が無くなり、自己主張、自己満足の機会が削られる。
もっとも、夫と一緒にいれる時間がうれしいと思う妻もいるかもしれないが・・・。
しかし、男性と、安定した関係を築けなかった女性は、どうであろうか?
結婚、離婚にかかわらず、1人で暮らす中年過ぎの女性は、社会的に、自己主張が認められなくなり、自己満足も感じることができなくなる。
サポートしてくる人も少なくなった環境で、女性は、メンタルトラブルをうまく処理できなくなっていく。
起きてくる症状は、潜在的なものから、明らかな病気に至るまでさまざまである。
先日、たまたま電車で、私の前に、40歳位のがりがりにやせた女性が座っていた。
外から見えるのは、筋張った首筋、足の膝の部分のみで、顔はほとんどを隠していた。細い顎のみがのぞく深い帽子をかぶっていた。
「ここまでなるには、そうとうメンタルでつらいと感じる毎日だったのではないか?、この人の身体表現は、何かから逃れたいのではないのか?やせていることで、何か救われていることがあるのではないか?」
と、私は、勝手にあれこれと想像した。
その彼女が、日焼け止めの長い手袋をはめたままの両手で、何やら細いものを何度もぞもぞとさわっていたが、ストローであった。
やせた彼女は、胸に抱えていた袋の中にいれてあった飲み物らしきものに、そのストローをさして、飲み始めた。ゆっくりと、水分を吸っている様子であった。
この様子が、やはり、不自然だったためか、隣にすわる別の中年女性も、ちら見をしながら、気にしていた。
私は、なぜ、彼女は、電車の中で、水分をとるのだろうか?と考えた。彼女の飲んでいたものは、彼女の大事な流動食かもしれないと考えた。
今の彼女の生をささえる大事な食べ物かも・・・と考えた。それをなぜ、彼女は電車内で飲むのか?
恐らく、電車内で飲むことで、彼女は吐きにくくなるのではないか?
彼女は、電車内で飲めば、吐かないで済むと、自らにおまじないをかけているのかもしれない・・・。
この私の妄想が正しいかどうかは、知る由もないが、彼女は、とにかく悩んでいる。
彼女は、自らの体を犠牲にしてまで、逃れたいものは、何なのだろうか?
女性は、逃げたくても、境遇的に逃げられない場合がある。
家事がつらい、努力した仕事をけなされる、夫から性的要求がつらい、体をけなされる、家庭内暴力 などなど、女性特有にかかえる悩みがある。
いやでも、いやだと言えない境遇である。
そんな時の女性は、体の病気を理由にするしかないのだ。
自己犠牲をしてまで、後に引けない捨て身の主張をしている。
女性の更年期障害と言われる症状も、こうした望まない環境や、妥協の毎日のつらさに根ざした悩みであることが多いようだ。
新聞広告で良くみる痛み止めと称する漢方薬がある。この広告は、いろいろな種類の家事をする女性をイラストで描いている。拭き掃除で腰の痛み、台所仕事で肩の痛み、肘の痛み、手首の痛みを訴えている女性の姿をさまざまに絵がいている。
広告は、こうした女性の家事に伴う痛みに、大変、効果があると謳っている。
女性は、毎日、同じ事のくりかえしの家事が、いやで、いやでたまらなくなる事があるのだろう。そんな時、痛みを訴えることで、仕事を手抜きしたり、自らの義務感を納得させたりできるのだ。
西洋薬の鎮痛剤では、胃がわるくなったりしてしまう。副作用も気になる。
しかし、西洋薬の鎮痛剤に比べれば、漢方薬は効いた気分にさせるだけのもので、副作用は起きにくい。
そして、治療しているという満足感を、女性に与えてくれる。
漢方薬は、効果が無くとも、痛みを正当化してくれるツールである。
大変な病気になってしまった女性も、潜在的な症状で止まる女性も、メンタル的な葛藤は、体の症状へとつながる道筋をつくる。それを一番、良く気付く事のできるのは本人自身である。
だから、解決すべき手段についても、その人自身が一番多くのヒントを出せそうに思うのである。こうした悩みは、男性医師には理解が難しいものではないだろうか?