引き続き、新聞の人生相談に対するコメントをしてみます。
20代の育児休業中の主婦からの相談投稿である。実家の家族が皆、バラバラで仲が悪く、母は、父に対し「吐き気がする」と言い放つような人で、父と母は、離婚寸前のようだと、娘(投稿者)は感じている。
投稿者の女性は、そんな両親や姉は、自分勝手であると感じている。
実家の皆が、仲の良い理想的な家族であってほしいけど、どうすれば良いかの相談だ。
投稿した女性は、出産里帰りをしており、初めての育児にも疲れている。
母親に育児を手伝って欲しくても、母はマイペースである。姉は、服などあれこれと買い込み、自分勝手な贅沢をしている。父は太っていて、いびきをかいて寝ている。
この家庭は、皆がお互いを助け合わず、心がバラバラであるが、投稿者の女性は、心から嫌いにはなれないと言う。この女性の想像する家庭の理想像から、ほど遠いとする悩みだ。
この新聞相談Q&Aに、回答したのは、女性の作家である。
彼女の答えは、理想の家庭の姿は、そう簡単ではないこと、表面的な幸せをつくろっている家庭もあり、一見良さそうに見えるだけで、実は偽りの家庭かもしれないと言っている。
そして、結婚して親になったあなた(投稿者)は、実家に、家庭の理想を求めなくて良いではないかと言っている。
テレビドラマの貫太郎一家のように、昔の家長には権限があり、父がちゃぶ台をひっくり返し、周りはハラハラするのが、かつての日本の家庭の姿であった。そうした家庭からみれば、ずい分、今の家庭は良くなっていると思うと回答していた。
女性が、がまんをしない生活環境になったということだろう。
男性にとっては、がっかりでもあろうが、人生のプレッシャーは減ったのかもしれない。
そもそも、誰もが、がまんをしない家庭は、バラバラになるが、個人はそれほど不幸ではないだろう。
誰かが誰かの犠牲になるわけでもない。
今の家庭は、そんな風に変わってきていると、回答者は言いたいようだ。模範解答であろう。
私が興味を感じるのは、投稿者の若い女性の抱く理想の家庭像である。
若い女性で、子どもが生まれたばかりであれば、家庭の理想像を夢見るのは当然だ。
そして、彼女も、また、わがままな人であるのだが、そうした自分のわがままに気づいていない。
彼女は、理想を求めるが、その対象が他人なのである。
そもそも、若い女性の夢見る理想的な家庭とは、どのようなものであろうか?
まず、豊かな暮らしであろうし、社会的にも恵まれていて、家族員は尊敬され、人がうらやむ家庭というイメージか?
ある程度の贅沢が許され、欲しいものが手に入る。
お金の使い道は余裕があり、それぞれの人が決めることができる。
家族が、他の家族員に満足できている。お互いを尊敬し合い、悪口を言い合うようなトラブルは起きない。
父は、社会的にもしかるべき立場にあり、尊敬できる人で、家族をまとめる説得力もある。
母はやさしく、かつ頼りになる。
しかし、母が父をたてて、賢くふるまうという姿は、投稿者の理想像にはないだろう。
そんな理想像を膨らませてきた娘にしてみれば、現実の実家の状態は、程遠いと感じているのだろう。
しかし、投稿者の女性は、バラバラの実家を見て、私はこうならないような家庭を築くために、がんばりたいとか反省しているわけではない。
あくまで、実家の皆が、彼女の求める理想的な家庭像から違っていると、非難しているのである。
理想とは違うと、不満を感じている。他人に理想像を求めるだけで、彼女自身が、どうありたいか?どう変わらなければならないか?という視点が抜けている。
彼女の期待は、他人が変わることなのである。
人に何かを期待をし、それが果たせないと、自らが不幸になるなら、他人に期待しないという選択肢しかない。
不幸感を感じたくないなら、自らで、不幸だと感じない考え方に変えなければいけない。
この家庭も、はたから見れば良いところが多くある。
この家庭の人たちは、だれも、その人自身の希望を押し込めてはいない。
家族員の誰もが、ある程度に自由に生きている。
ばらばらにならず、一緒に暮らしていけてる。
皆、自分の人生を、それほど、我慢せずに暮らせていれば幸せである。
「まっ、いいか!これが幸せかも・・」と、思えば良いだろう。
良い家庭でなくても、悪くない家庭であることが大事である。
当然、まとまらないのだが、それでも、一緒に住むことができる。
くつろぐ場所である家庭は、お互いの志向を認め合えれば良い。
父は太っていることが許されている。
太っている父は、仕事などからくるストレスが多く、食べることで、心の健康を保っている。
父、本人が、一年発起をしてやせる気になるか、病気などをして、やせてしまわない限り、父は太り続けることになる。
肥満の解消は、父本人の決心で、他人は介入できない。
彼女自身の行動も、又、自分勝手なのである。彼女もバラバラ家族の一員である。
女性は、母が育児を手伝わないと非難しているが、それは、女性の態度も問題である。
この女性は、出産した病院で習った育児法が正しいと信じ、それでやるようにと母に言う。
一方、母は、娘は、娘の育児法こだわっていると感じている。
娘は、病院から言われたと言いわけしていると感じている。
母の立場にすれば、娘は自分のやり方を押し付けていると感じているのである。
娘は、子育て経験のある母の言うことを尊敬していない。
子育てしてくれた母親の経験を、娘が無視しているから、母は手助えない。
この投稿者の女性自身の行動は、独断的であるのだが、そこを本人自身が気づく必要がある。
子育てのやり方は、あかちゃんの状態で、ずいぶんと変わるもので、正しいことはひとつではない。
臨機応変ができれば、イライラは少しは減るのである。
雇用が安定していた母親の世代より、今の時代は、子育ては大変かもしれない。
親と同じレベルの生活をするのが難しくなっている。
終身雇用のくずれた現在は、夫の生活の保障も、昔より厳しい環境にある。
この女性の夫のことは、新聞の投稿文には、書いていない。
つまり、この女性は、自らの選択した自分自身の家庭については、コメントしていない。
若い彼女にとって、姿が見えない自らの家庭より、目の前にある実家に、理想の像を求めている。
実家は、父や母の能力の結果であり、自らの責任や能力を、考えないで済む。
将来は、投稿者の女性も、実家もそれほど、悪くない家庭だと思うようになるであろう。
いや、実は、すでに、どこかでそう感じてはいるとは思う。
幸せを感じるには、自らが変わるしかない。すると、相手も変わることがある。
子供を持った娘が、子育てに協力する母に感謝したり、ねぎらったりすれば、母もうれしい。
新しい命が、家庭のバランスを変えていく。
母は、娘の成長を実感できる。
娘が憧れている実家像に近づくために、両親も努力することになるだろう。
本気で家族を嫌いになることは、大変なことである。
仲が良いとか悪いとかに関係なく、血はつながっていて、家族は、お互い、似たものであるのだと思う。