岸見一郎の解説による、アドラーの心理学は、「人生はシンプルである」との教えで、「成果を求めない、他人に見返りを求めない」という考え方です。

だからと言って、努力を認めないわけではなく、人は、社会貢献の中で生きられると言っています。
人は、誰かのためになっていると感じることで、生きられると説きます。
 
人が、この貢献感を求める過程において、貢献できたとの意識は、他人の評価ではなく、自らで行う評価によります。
他人が、その人の社会貢献を認めなくても、本人が思えれば良いのです。

ある程度に歳を重ね、人生経験をつめば、一般の人でも、多くは、こうした境地に達するのではないでしょうか?人の普遍的な考え方であるような気がします。
 
この考えを、恋愛に応用してみます。

例えば、若い女性が失恋をして、「あなたとつきあったから、私の適齢期が無くなったのよ」 のような感情で、女性が悩まされたとします。
これは昔から、「私の青春を返せ!」と良くある話ですが、最近では、男女の逆バージョンもあるとは言え、今でも、恋愛の失敗は、女性は不利です。
 
失恋した男性は、女性から選ばれなかったとの思いで、落ち込みが大きいかと思いますが、女性は、大事な期間が過ぎてしまうのです。

男女が家庭という共同生活をめざすなら、女性の適齢期は無視できないものです。
女性が、子どもを持てる期間、性的魅力がある期間は限定されています。
これは、生物学的に限定された期間で、女性の適齢期は男性より短いです。
人は、心の発達を待たずに、体が先に完成してしまうのです。

社会的な男女平等が進むほど、女性は生物学的には不利な社会になります。
猿人の時代、男女の大きさに大きく差があった昔には、男性は女性を全面的に守りました。男女同権はありません。

人が進化し、男女差が少なくなっても、肉体的、知能的に、やはり女性は不利であることは変わりません。
人の長い進化の中で、脳が異常に高度化しました。
男性に隷属した生を、女性が満足できなくなったのです。不幸な女性を見て、男性も変わりました。男女共に、隷属する生をやめたのです。男女の社会の役割が変わりました。
社会的価値観が、生物学的価値観より優先されるようになったのです。

女性が男性の持ち物でなく、男女の恋愛は対等とされる時代です。
こうした時代には、男女が愛憎問題で裁判を起こす場合、裁判は女性に不利なことが多そうです。
 
裁判になれば、男性は、合意の元での恋愛であったとか、女性のネガティブな問題点を持ち出し、男性の正当性を主張するでしょう。
一方、女性は、理づめで考えるのが苦手で、論破に必要なエネルギーを産み出せず、プレッシャーにも弱いです。脳の実力不足です。その結果、裁判は男性のペースになる危険があります。
愛情を感じなくなった相手の女性に対して、男性は女性を守ろうとの義務感は無くなり、男性は強く出てくるでしょう。

裁判をしてまで、子どもの親権を争うとかなら、裁判に意味があるでしょう。
そして、結婚して子供がいたりすれば、その子が、女性の不利な立場や、つらさを証言してくれるので、女性に有利に事が運ぶかもしれません。
そうした応援部隊がいない場合、男女間のトラブルで、女性が裁判や調停に勝つのは難しそうです。
なによりも、裁判で、女性はますます、傷つくような気がします。
裁判になると、相手に感謝する気持ちは皆無となり、お互いに自らの正当性だけを、主張しあうことになるからです。

あのクリントンの不倫事件の、モニカインスキーが、不倫後の心境を語りましたが、高等教育を受けながら、就職も何もかも、社会的に不利な立場になったと訴えています。こうした事実は、女性は忘れてはいけないでしょう。
 
恋愛に伴う男女の確執は、アドラーの心理学では起こり得ません。
アドラーの心理学では、裁判という手段を使って、他人の判断を変えさせようとは思いません。
 
今の社会の現実において、女性に不利な恋愛環境を考えれば、女性こそ、アドラーの心理学を肝に銘じたいです。たとえ、燃えるような恋もなくなってもです・・・。

もうひとつ、大事な考え方が、アドラーの心理学にあります。
人生とは、連続する瞬間にすぎないとする考え方です。
”いま、ここが充実していれば、人生はそれだけで価値がある” とする考え方です。

著書「嫌われる勇気」では、「過程そのものを、結果とみなす」とも、書かかれています。

点に生きるという考え方も、恋愛のドロドロを引きずらない生き方です。
ドロドロを経験するからこそ、さらなるドロドロを避けられるのです。
むやみに恋愛に憧れることはなくなります。
そして、見返りを求めない恋愛をめざし、それがだめなら、恋愛自体に距離を置くようになるでしょう。

瞬時に生きれば、恋愛の最初の頃の幸せな時期だけを楽しめます。その後のドロドロから、早く抜けだせます。つらい時期は、短くなり、忘れてしまえるでしょう。