危険なメソッドとタイトルされた映画が上映中です。フロイドとユングの関係を描いている映画ですが、美しい女性患者がでてきて、その恋愛関係が描かれているようです。映画を通じて、当時の精神分析の手法に触れることができそうなので、期待が持てます。女性が見ると、男性の視点で作られた映画と感じるかもしれませんが、もろもろ分析することは意味がありそうです。

フロイドとユングは、心理学や哲学の学者とは異なり、実際に患者を診て、彼らに効果的な治療効果をあげるために、病気の科学的分析を試みました。

患者の心を、理論立てて分析し、医師たちが科学として,、議論できるように工夫していました。

フロイドとユングの時代には、脳外科が発達し、脳の医学知識が進みつつありましたが、人の心を科学として説明できる証拠がつかめませんでした。

現代でも、やっとfMRIなどの画像診断や、脳の生理学の進歩により、人の心の機能の解明は、始まったばかりです。

フロイドとユングが生きた当時の社会では、精神科医にかかることのできる患者というのは、有産階級のみでした。精神科を開業していたフロイドのクリニックには、上流婦人のヒステリーや強迫神経症が多かったようです。

当時の上流女性は、身分や自尊心が心のささえであっても、がまん、不安、不満は多かったと思いますし、身分にこだわり、本音と建前のギャップにいつも悩まされていたと想像されます。

そして、女性の心が病んでも、その事実は隠されていたと思います。そしていよいよ、悩める女性がメンタルに追い詰められて、外にはっきりと異常行動としてでてくるようになると、精神病院に行くようになったのでしょう。この映画でも、女性患者が泣き叫びながら、精神病院に力づくで連れてこられるシーンがあるようです。

女性が表面をとりつくろい、がまんする限り、病気と見なされず、早くに治療するということは許されなかったでしょう。

治療者(医者)が「何か苦しいですか?」「脅迫的と感じる事は何ですか?」などと、直接、聞いても答えない女性たちを相手にしていた状況で、精神分析という治療手段が必要でした。

こうした社会背景の違いに由来する人の病気の違いは、病気を理解する糸口になります。フロイドとユングの時代にあり、今の時代にない病気、その逆に、今の時代に多い病気は?などを考える時、人は何に悩むのかを知るヒントがあります。そして治療の歴史は、次の時代の治療の選択に貢献します。

フロイドは、患者さんの生い立ちを詳しく分析し、特に性的経験が第一(唯一)にしたので、フロイド批判はこれに集中しています。しかし、患者さんの過去の経験を披露してもらうことは、現代でも、精神科治療の基本です。

精神分析は、治療者(医師)と患者さんが、お互いに受け入れられていると言う信頼関係が基本となり、患者さんの考え方や価値観を、治療者(医師)は知り、受け入れます。

患者さんは自らの過去を語る過程で、医師への信頼が増していきますが、医師は、患者の話しを聞きながら、患者さんが望ましい方向へものを考えられるようにと注意を払います。

治療の目的は、神経的症状の軽減や除去ですが、その作業が難しいのですから、まず、患者さん自身が自分の症状を理解する方向へ導きます。

フロイドとユングは、心を科学で説明しようとした先人たちです。

現代の医師は、治療薬の種類が増え、選択肢は増えましたが、患者さんと医師が、お互いに言葉を交わすことの重要性は、今も同じです。同時に、患者さんは、医師が治療を選択する際に、有用となる情報を提供するのが必要です。

現代は、心のトラブルが、科学の視点で語られようになりました。脳細胞(ニューロン)の連携性の失調・抑制・過反応とか、アポトーシスとか、脳内伝達物質の枯渇とかの事実が示され、不十分ではあるものの、心の病気を起こす証拠物質が証明できるようになったのです。

こうした科学的証拠は、漠然と不安に悩む心には、救いとなります。「さらに、悪くなったらどうしよう!」と、人々は、実際の症状以上に悩むことが多いからです。