2012年には、この(架空の)35歳女性患者さん宛てに、診察医は、病気の解説と治療について、メイルによるアドバイスを書いています。
 
彼女の喘息の程度は、肺機能を測定するスパイロメーターにより評価されています。
スパイロメーターの原型は、1840年につくられたそうです。その後、呼吸生理学の進歩と共に、何十年にもわたり、理論の進歩と技術改良がくりかえされ1940年を過ぎるころから、喘息の検査に使われるようになりました。
 
喘息の特徴は、1秒間に吐き出せる空気の量が低下する病気なのですが、この検査は喘息状態を良く反映し、発作の無い時に測定すると、その人の喘息の程度を評価することができます。喘息としての歴史や経過を、長期的に評価できます。今でも、喘息診断と治療に重要な検査です。
 
診察後、専門医は患者さんに、次に行う治療ステップとして、以下の治療を勧めています。

この方の重い喘息発作は、花粉症がでる時期に多いことから、花粉症の治療をすすめ、抗ヒスタミン(ロラタジン)による継続的治療を勧めています。

すでに、この方は、前医で、抗ロイコトリエン剤をつかっていますので、それをジフロ(日本未発売)という新しいタイプに変えるように勧めています。
 
気管支拡張剤の入らないベクロメサゾン(ステロイド)による吸入治療を勧めています。それまで、アドエアなどの気管支拡張剤入りのステロイド吸入薬を使用しており、ステロイドを長期に続けるとの判断から、気管支拡張剤をぬいた処方にしています。
 
そして、今後に増悪するならば、抗IgE抗体(商品名ゾレア)による治療を考慮することを勧めています。IgEの前につく2「抗」の字は、IgEの働きに対抗するとの意味です。
 この治療薬は、アレルギー反応を起こす、IgEの働きをおさえるためです。

抗IgE抗体は、日本でも使用することができる薬ですが、使用にあっては、血液検査でIgEが高いという条件が必要です。日本では、IgEが高すぎても、使用ができず、薬が投与できるめやすが、IgEが、700 IU/ML以下となっています。理論的には、IgEが高い症例に、効果が出るはずの薬です。
 
ついでですが、この論文には、時代の違いを感じさせるために、患者さんと医師の関係においても、意識的に時代の流れを入れています。
 
この35歳の架空女性の名前は、スミスさんと言いますが、敬称の呼び方は時代で変わります。2012年には、医師は、彼女をミズスミスと呼んでいますが、その前の時代にはミセススミスと呼んでいます。
 
又、前の時代では、医師から医師への返信が紹介されていましたが、2012年は、医師から直接、患者に返信の形をとっています。ここにも、患者と共にある現代の医師の姿が象徴されています。
 
さて、臨床医学とは、病気の原因がはっきりしなくても、治療法がわからなくても、目の前の患者さんの治療をしなければなりません。その時代に可能な治療のチャレンジを続けなくてはなりません。あとの時代から、否定されることもあります。しかし、医学のレベルがそこまでなのです。
 
喘息の理解と治療の違いを、この3時代の比較でよみとっていただけたでしょうか?
 
この200年の間に、喘息の知識と治療法は大きくふえたものの、まだ、この病気の全貌解明に至らず、治癒させることもできません。
 
同じ喘息症状を呈していても、実際の患者さんの気管支でおきている変化は、さまざまに違っている可能性があります。
 
喘息の遺伝子検索もなされていて、喘息発症の個人的違い、民族的な違いがみつかってきています。
 
さて、喘息と診断されると、日本では、アレルギー型か、感染型かを分けるために、IgEや RAST(ラスト)という検査をしますね。吸気中の抗原であるハウスダストやカビなどに対して、IgEをつくっていないかを、医師は調べます。
このIgEについて、少し書きます。

1966年、日本の石坂博士が研究していたレアギンというたんぱく質が、正式にアレルギーを起こさせる物質であることが認められ、IgEと命名されました((つまり、初めて発見したという意味)
 
IgEがアレルギー反応を起こすことがわかってから、しばらく、アレルギーの病気を、IgEのみで説明をつけようとする時代がありましたが、しかし、IgEは喘息に関与するのは明らかであるものの、個人差や民族差の壁が高く、IgE以外の要素が発症の実際には大きいようです。
 
個々の人で異なる病気の複雑性が、原因の解明を難しくしています。
 
2012年の症例の治療で紹介しましたように、難治性喘息の薬として、ゾレアという商品名のIgEの働きを抑える薬があります。これは、喘息の人の中で、IgEが高く、難治な喘息の人に試みられる注射薬です。
 
しかし、血液検査でのIgEが700を超える人には、日本では保険適応がありません(薬を使えない)。日本では、IgEを超える喘息の方は多くいらしゃいます。アトピー性皮膚炎との合併で、IgEが何千や何万の方もいますが、使えないのです。
 
では、IgEが低い人ではどうでしょうか?もちろん、理論的には、効果は期待できないです。しかし、アレルギー学会誌2010年に、愛知県の呼吸器専門病院にて、難治性喘息にゾレアをつかった症例が紹介されています。
 
この方は、日常的に、ステロイドの大量を要し、たいへん喘息が重症の女性でした。喘息以外にも、メンタル系の病気で、薬をのんでいます。
 
しかし、この方のIgEは、ひと桁の低値でした。すでに使われた治療薬がほとんど、もう無い状態であったことから、選択肢のひとつとして、この方にゾレアをつかってみたところ、発疹などの副作用がでたものの、とても良い治療効果が出ました。それも長期に良い治療効果がでました。
 
この方の低値のgEは、血液検査による数値ですから、この血液検査には反映されない局所の気管支において、IgEが関与していた可能性が考えられます。気管支では、マストセルなどがアレルギーに悪さをしていた可能性があるかもしれません。そんな、アレルギーによる炎症の暴走を、ゾレアが抑えた可能性があります。
 
この経験からもおわかりのように、治療の難しさは、理論的には効果の出る人に効かず、そうでない人で効く場合もあるという場合があることではないでしょうか?
 
この論文を書いたのは、ドイツミュンヘンのMutis先生と、米国のハーバードのDrazen先生という、世界的にも良く知られた呼吸器アレルギー内科の専門医です。