多発性硬化症は中枢神経系の脱髄疾患の一つです。
 
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神経細胞からでる軸は髄鞘というもので 被われています。(このブログの12月30日の絵を参照、水色の部分です)この包みの髄鞘が消えると、神経線維がむき出しになり、神経伝達速度が遅くなります。この脱髄現象が、中枢神経内のあちこちに斑状にできることから多発性といい、脳脊髄の病変部が固くなることから硬化症と言います。
 
MSの多くは再発・寛解を繰り返しながら慢性に経過します。一部のMSでは、初期には再発・寛解を示した後に、進行性の経過をとることもあります。視神経がやられると視力低下し、視野が欠けたりします。脊髄がやられると、痛み、手足のしびれや運動麻痺、尿失禁、排尿障害などが起こります。
 
日本の有病率(患者数)は、わが国全体で約12,000人、人口10万人あたり8~9人程 度と推定されています。
 
細菌やウイルスなどの病原体が脳脊髄内で増殖すると、それを封じ込めるために、白血球やリンパ球(脳では、アストロサイトやマイクログリア)が、脳脊髄に集まってきますが、その作用で髄鞘構成成分であるミエリン塩基性蛋白をこわしてしまうのです。免疫系の間違い(自己免疫)が起きるのです。炎症が抑えられれば、病気の再発や進行を止めることができます。
 
現在、神経難病として残っている病気の多くは自己免疫疾患で、MSも、そうした病気です。原因候補のひとつは、ミエリン塩基性蛋白の構造とよく似た構造を持つ病原体の存在です。その一例は、B型肝炎ウイルスです。その他にも、特定できない病原体がいるかもしれません。
 
MSは、若年成人に発病することが最も多く、平均発病年齢は30歳前後です。MSは女性に多く、男女比は1:3位です。
 
さて、自己免疫疾患、女性に多いとなると、女性ホルモンとの関連が気になるところです。MSには、エストロゲンβ受容体の役割と機能が注目されています。
エストロゲンβ受容体をなくしてしまうと、炎症が増強します。つまり、MSの場合、エストロゲンβ受容体は、炎症を抑える働きをしているようです。脳内エストロゲン受容体の相互作用の全貌は解明されていませんが、MSの場合は、病気の悪化(炎症)を防ぐ作用を持ちます。
 
MSは、妊娠中に再発が減少し、出産後に、再発することがわかっています。妊娠中に大量に増加するエストロゲンが、防御的に働くようです。
 
エストロゲンβ受容体と、エストロゲンα受容体は、脳内に広く分泌していますが、脳の各部位に、異なる量で分布しています。そして、2者の受容体の相互関係は、未解明です。エストロゲンの働きは、脳内環境のいかんで、その作用は変化するものと思われます。
 
エストロゲンβ受容体の、炎症抑制作用には、次のような説明があります。
DHEA(デヒドロエピアンドロステロン、男女ともにある男性ホルモン)前駆体よりつくられるADIOLが、エストロゲンβ受容体に結合することにより、脳の炎症が抑えられることが、最近、発見されました(Saijo,Cell;2011:145:584)。ADIOLは、CtBPという抑制性の物質を結合し、エストロゲンβ受容体とCtBP の結合した複合体が、Ap1プロモターに結合して、転写因子のAP1の働きを抑えます。AP1は、炎症性のサイトカインの遺伝子発現を起こす転写因子です。ADIOLへの変換酵素(HSD17B14)は、マイクログリアに発現しています。マイクログリアについては、このブログの4月17日に解説しています。
 
 
日本では、まだ、承認されていないようですが、ナタリズマブという新薬があります(α4インテグリンに対するヒト化したモノクローナル抗体)。ナタリズマブは、脳脊髄内で、白血球やリンパ球の遊走を抑える働きを持ちます。
 
MSの再発率を減らす特効薬ではあるのですが、一部の人に、進行性多巣性白質脳症(PML)発症が起きることが分かり、死亡例が報告されたため、全世界で使用が一時中断されました。しかし、MSは、外国では、日本よりはるかに多い病気で、その後、ナタリズマブの即効性と確実性が評価されて、薬剤として使われています。
 
問題となる副作用の、進行性多巣性白質脳症(PML)という病気は、どのようなものなのでしょうか?
驚くことに、正常人の脳内には、JCウイルスというウイルスが常在していますが、その増殖は、脳内白血球やリンパ球の活躍により、抑えられています。ところが、多発性硬化症を治療するために、ナタリズマブを使用すると、JCウイルスが増殖し、脳の実質が壊れてしまうことがあるのです。