昨日の続きです。

転写因子とは、遺伝子として働くDNA塩基配列の手前にある塩基配列(プロモーターと呼ばれる)に結合する蛋白質で、遺伝子の働きを制御する物質です。このプロモーター部分に、多数の転写因子が結合すると、遺伝子DNAからメッセンジャーRNAへと転写が始まります。C/EBP、CREBは、代表的な転写因子で、多くの蛋白質の合成に関与します。C/EBPは、遺伝子塩基のCCAAT (シトシン、シトシン、アデニン、アデニン、チミン)の配列に結合する転写因子で、一方、CREBは、遺伝子塩基の (cAMP response element binding protein)と呼ばれるプロモーター部分に結合する転写因子です。
今回、ネイチャー論文で話題のインスリン様成長因子IIの蛋白合成の場合も、C/EBP、CREBが主要な転写因子として働きます。インスリン様成長因子は、肝臓など他に多くの臓器に発現していて、体を大きく成長させるために働きます。脳内インスリン様成長因子IIの役割は、現在解明中ですが、記憶以外にも多彩な働きが推定されます。
 
もう少し、論文の内容を見てみましょう。記憶を強化していくためには、何度か思い出し、記憶の再強化をくりかえすことが必要です。そこには、新たな蛋白合成を必要とします。著者らのグループは、過去の論文で、動物が危険を避ける行動を記憶する時、転写因子のC/EBPβが脳内で増加することを見出しました。実験では、C/EBPβは、6-9時間で、ピークとなり、28時間まで続き、48時間で消えました。トレーニングをした動物を5時間後に、C/EBPβの蛋白合成をとめるアンチセンス物質を海馬に注入すると、記憶が失われました。次に、インスリン様成長因子IIのアンチセンス物質を用い、海馬の遺伝子発現を抑えてしまうと、トレイニング後24時間後の記憶は失われてしまいました。そして、48時間後のインスリン様成長因子IIの蛋白量も減少しました。
これらの実験は、条件をつけた群に属する動物と、条件をつけない群に属する動物の違いをみて、記憶物質の役割を調べていきます。もう、少し解説を続けます。
 
トレイニング直後と8時間後に、アンチセンス物質で海馬のインスリン様成長因子II遺伝子発現を抑えてしまうと、動物の記憶が失われてしまいましたが、再度、動物にトレーニングを施せば、記憶を回復させることができました。
 
トレイニング直後に、両側海馬にインスリン様成長因子IIを注入すると、7日後にも、24時間後と同程度に、記憶が保持されていました。
 
トレイニング後24時間経過した後に、インスリン様成長因子IIを注入する群と、非注入群の動物において、注入直後には、記憶の差がありませんが、さらにそれから24時間後(トレイニング後48時間)のテストでは、注入群の動物で、記憶が保持されていました。
 
これらの記憶効果は、インスリン様成長因子I(1)の注入では起きませんでした。海馬以外の脳内扁桃体にインスリン様成長因子IIを注入しても、記憶の増強はおきず、記憶の保持は、海馬の役割が重要であることが示されました。
 
この実験においては、記憶の保持は、2-7日までで、14日後には、インスリン様成長因子II注入群と、非注入群の動物間で、記憶の違いはありませんでした。

こうした実験をつみかさねて、著者らのグループは、海馬におけるインスリン様成長因子IIの記憶への役割を証明しました。