つい先日の新聞報道で、ネーチャー(2011年1月27日版)に、インスリン様成長因子II(IGFs;Insulin-like growth factorsII)が、脳の記憶を保持するだけでなく、シナップスにおいても記憶を増強する因子であるとの論文紹介されました。この因子が、脳の海馬において記憶を保持するために重要であるとのエビデンスがまた、ひとつ加わったことになります。遺伝子から合成される蛋白が記憶保持の本態であることは、1990年ごろから、知見が重ねられてきましたが、今回は、危険回避のトレーニングを受けたラットが、、それを記憶する能力を保持するためには、インスリン様成長因子が関連することが示されました。この研究では、実験動物(ラット)脳内に、インスリン様成長因子IIを高めたりつぶしたりすると、それに応じて記憶が変化することを示しました。今回は、マウントサイナイ医科大学のChanら(著者ら)のグループの仕事ですが、この分野は、世界の脳科学者がしのぎを削っています。

インスリン様成長因子IIは、脳に豊富に存在し、加齢と共に、この物質は減少することがわかっていました。しかし、シナプス(過去ブログ参照)における役割ははっきりしなかったのですが、今回、シナップスにおいても、記憶の保持と増強に重要であることが示されました。海馬のスライスを用いた実験において、インスリン様成長因子が、その受容体を介して、シナップスが記憶の増強に機能することが示されました。インスリン様成長因子IIが、シナプス後電位活動を高めること、この増強効果は、インスリン様成長因子I受容体に対する抗体でブロックされることを示しました。神経シナップスでの記憶の保持のさらなる詳細なメカニズムは今だ、わかっていませんが、次第にベールが薄くなり、記憶を保持するドンピチャ物質の発見につながると思います。つまり、認知症などの治療薬としての人類の希望がつながるわけです。

現在、これらの記憶の研究は、マウスやラットを用いたものが主流です。脳を取り出して、いろいろな蛋白物質の発現をみる研究なので、人間を用いてはできないわけです。記憶の研究には、いろいろ手段がありますが、今回のネーチャーでは、床に電気ショックをあたえてラットに危険があることを教え、それを避ける行動がとれるかどうかで評価しています。記憶が維持されていれば、危険を思い出し、床に電気ショックを避ける行動になります。動物を危険にさらし、それを回避するトレイニングをして、動物に記憶を作らせ、脳内でどのような物質の変化と関係するかをみるわけです。
 
過去の実験では、記憶ができあがった時点のタンパク合成をみると、9時間位で蛋白がつくられ、24時間は保持され、48時間位で消えてしまうとの論文にありました。細胞の核内でなく、神経細胞のシナップスにおいても、インスリン様成長因子IIは、記憶の増強に働きます。シナップスで、GSK3βと言う物質を増強させます。これらの物質が協力して、記憶の長時間の増強に関係します。インスリン様成長因子II の合成には、CREB、C/EBPと呼ばれる転写因子が必要で、これらの物質は、インスリン様成長因子IIの遺伝子プロモータに結合して、インスリン様成長因子IIタンパク合成します。こうしたつくられた記憶を保持する蛋白も、記憶が保持されるためには、あらたなタンパク合成が必要になるわけです。つまり、生体内で蛋白合成の努力が続けられなければ、脳内記憶として保持されないわけです。

簡単に言うと、記憶とは、脳内神経細胞で特定の物質がつくられて保持され、神経細胞のシナップスにおいて、記憶が操作されているらしいということだと思います。そして、海馬のインスリン様成長因子IIが大事なんですね。
 
以下に、簡単に転写因子について書きます。転写因子が何者かがわからないと、ちょっと、この文章を理解するのは難しいかもしれません。さらなる解説については、ウキベディアなども参考にしてください。CREB (cAMP response element binding protein) とはcAMP応答配列結合タンパクで、蛋白合成の時に必要な転写因子。神経細胞ニューロン間の恒久的接続を確立するタンパク質を、転写・翻訳するのに必要である。
C/EBPは、遺伝子の調節領域のCCAATという配列の領域に結合 して,転写を調節する転写因子