子供の時、一緒に遊ぶのは、ほとんど、男の子同志、女の子同志の同性同士でしたね。それが、思春期から異性同志になり、そして加齢してある年齢に達すると、又、同性同志の方が良くなります。男女は基本的に、能力、や考え方がかなり違う生き物であるからだと思います。この対極にある二つのものをつなぎとめ、維持していくために、男女双方に、相当の努力が必要としています。夫婦など、共生の努力を続ける理由は、他の社会的因子などが大きく影響します。素直な感情で考えると、同性同志の方が、気持ちがわかりあえて、一緒にいるのが苦にならないような気がします。男性同志の愛情関係は、外国などでは、市民権を獲得していますが、男同志で惹かれあう間に、女性は入っていけないような気がします。学とみ子から見ると、男性同志の愛情は、“惹かれあう才能”という印象です。
男性が、乳児から大人になる過程で、そばの女性である母親を、馬鹿にするようになる時期があります。男の子が15歳をすぎる頃、母親の知性が物足らなくなるようです。小椋佳の“甘いオムレツ”でも歌われていますが、理屈をこねることのできない感情的な母親を、男の子は毛嫌いしています。母親は知性がないと、息子から思われるようになるのです。しかし、この歌では、息子が20歳になる頃までに、息子の母親への批判は無くなり、むしろ、母親に別の才能を見出す余裕がでてきます。そして、母親賛歌の歌になっているのです。すでに、息子の知的レベルは母親を大幅に超え、余裕をもって、母親にやさしく接することができるようになるらしいのです。少なくとも、この歌ではそう歌われています。
男女関係を考えてみる時、この男が女を馬鹿にする状況は、その後の人生で、何度も起きます。男性たちは、若い女性にやさしく、男性は女性にひれふします。しかし、それでも、女性たちは、しばしば、男性から馬鹿にされていると感じます。大事なのは、女性たちは、ここで、反発するのでなく、じっくりとその原因を考えてみることです。例えば、男性は独創的にものを考える傾向にあり、他人の言うことは簡単には聞きません。特に女性の言うことは聞きません。男はとにかくアドバイスをされるのが大嫌いで、しかも、そのアドバイスが的を得たものならなおさら大嫌いです。美しい妻がいて、その妻に名声があったりすると、男性はその妻につらくあったりします。そして夫自身は落ちた時、夫は妻と離れた方が、夫は立ち直れます。男性は、メンツが高く、心にあるものを簡単に出しません。表面的には、仲がよさそうに見えるのに、本当は大嫌い同志などということは、男性の人間関係の場合にあります。女性には、こうした虚像はつくれません・・・。
いずれにしろ、男女の人間関係を維持するには、相手の考えや価値観を認めあわなければ成り立ちませんが、そのためには、男女の生物学的な違いを知ることは大事なような気がします。まえがきが長くなりましたが、今回は、男女の違いに触れてみたいと思います。
脳には、その性ホルモンの受容体が豊富に存在することを書きました。脳の内側視索前野や内側扁桃体等の辺縁系領域には、アンドロゲン、エストロゲン、プロゲステロンの受容体が集中しています。これらの領域は、神経細胞の並び方、大きさなど形態的に雌雄差があり、これを性的二型性と呼びます。遺伝子やタンパクの発現レベルにも雌雄差(性的二型発現)がしばしば認められ、脳の性分化の影響をうける中心的領域と考えられています。この内側視索前野や内側扁桃体領域に、アンドロゲンをエストロゲンに転換する芳香化酵素(アロマテース)を持つニューロン群もみつかっています。局所的なエストロゲン産生が、脳の性分化や生殖機能の発現に強く関わります。脳の視床下部性の性周期異常や排卵障害などとも、関連していると考えられます。
脳が形成される乳児期に、性ホルモンの影響をうけます。
胎生期のみでなく、生後直後のエストロゲンが、脳を雄性化すると考えられます。雄では、脳内でテストステロンがエストラジオールに変換されますが、生後直後のオスの脳の形成には、このエストロゲンが関係します。一方、生後直後の雌(メス)では、脳内エストロゲンは上昇しません。胎生期の雌(メス)の卵巣からエストロゲンは低値で、母体由来のエストロゲンは、αフェトプトテインと結合して、神経細胞には入りません。テストステロンはこのような結合性がなく、自由に脳内に入いり、テストステロンにより、男の脳は作られると考えられます。