その昔、前職場に講演にいらした

おちまさとさんが、

ラジオ番組を初めて持った頃、

100%の力を出そうと気張りすぎたら

たくさんの失敗をして、



「頑張っても駄目なんだから

 8割の力を出せたら上出来」



と吹っ切れたらうまく行った、

という話をされていた。



モノゴトとは

まさにそういったものみたいだ。



激しく執着した時期もあったし、

焦ってばかりいた時期もあって、

落ち着いて息することさえ

満足にできないような生活をして、

先へ先へと急いでは

答えをすぐに欲しがった頃のわたしは

空回ってばかりでけっこう辛かった

……割りにはいまは笑い話とか

ネタに成り下がったものも多いわけなのだけど。



30歳を超えてみたら

わたしはなにひとつ変わらずわたしのままで、

だけど回り道も、つまみ食いも

楽しいならアリだと思うようになった。



目指す場所はずっと同じ。

でも予想とだいぶズレた方法になっても

(実際ほとんどがそう)

感謝しながら気楽に受け止められるようになった。



年齢に左右されちゃう自分を知ったときは

少し悔しい気もした。

でもそれは、もっとピチピチだった時代に

無駄に尖って固執していた幻想のようなもので、

いまとなっては自然の流れを信頼するのが大事だと思う。



最低限のルールは

諦めない、投げ出さない、無理をしない。

それが適切なイメージであるのなら

イメージを持ち続けていると叶えられるようだ。



総てはまだ黎明のなかにあるスロースターター。

でも、すべての物体が移動の過程である、

ってこの間読んだ本に書いてあったとおり、

なにひとつ変わっていないようでいて、

着実に変化してきたことがあることに

先日気づかされる嬉しいことがあった。



その人がくれた機会と言葉が

わたしは普通の笑顔だったろうけれど、

その裏側ではみるみるフルエナジーになるくらい

心から凄く嬉しかった。



何かに繋げて行こうという野望も微塵もなく、

楽しむためだけにそれをやっているつもりだったけど、

気付けば、わたしがずっとイメージしてきた世界が、

そのちょっと先で現実味を持って広がっていた。



もちろん、いま見えているのは

全貌じゃなくて入口の一部。

それでも、それでもいい。

全然、最初とは違う場所に立っている。



ずっと遠くに石を投げるような感覚だったことが

まんざらそうでもなかったってのが面白い。



最近は偶然が重なって届けられた機会には

わくわくを感じたのなら

とりあえずのっかるようにしている。

そういうのこそ、

いちばん行きたい場所に行けちゃう

最短コースだったりするものなのよね。