


「左義長(さぎちょう)」とは、小正月に行なわれる火祭りの神事です
この起源は平安時代の宮中行事にあるといわれており、小正月宮中の清涼殿東庭で青竹を束ねて立て
毬枝(ぎっちょう)三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしたてながら、これ
を焼いたとあり、その年の吉凶などを占ったとされています 炎が高く上がると「吉」という意味で
毬枝(ぎっちょう)三本を結ぶことから三毬枝(さぎちょう)と呼ばれました
【蛇足?】
毬枝とは、毬(まり)を打つ杖のことで、昔この遊びで左手でうまくく毬を打つ人がいて
それから、左利きの人のことを“ギッチョ”またはひだりぎっちょと呼ぶようになったとか
毬枝とは、毬(まり)を打つ杖のことで、昔この遊びで左手でうまくく毬を打つ人がいて
それから、左利きの人のことを“ギッチョ”またはひだりぎっちょと呼ぶようになったとか
ということで、陰暦の正月の満月の日(1月15日)に注連飾りや正月の飾り物、書初めなどを焼く
神事だそうで、以前は1月15日は「成人の日」だったので、現在も成人の日(休日)に行われます
神事の開始が11時からなので神事前の様子だけ見てきました






織田信長の時代には小正月に行なわれていましたが、豊臣秀次が近江八幡の町を開いてから
もう一つの火祭り“八幡祭り”に対抗して3月中旬に行なわれるようになったそうです