
慌しく日が過ぎて、もう7月3日です
7月というと京都は「祇園祭」ですね・・・7月1日の「吉符入り」からいろいろと行事があります
7月というと京都は「祇園祭」ですね・・・7月1日の「吉符入り」からいろいろと行事があります
その「吉符入り」の準備のため6月末に、鉾に乗られる稚児人形「嘉多丸」くん初め、祭壇まわり
の準備が行なわれました
の準備が行なわれました
その「嘉多丸」くんですが、函谷鉾はご多分に漏れず「天明の大火」で鉾を焼失して50年、再建
されず、ようやく天保10年(1839)に再建が叶いますが、まだお稚児さんを出せるほどには
復興されておらず、商家も少なく、やむなく人形のお稚児さんを乗せることをご公儀に届出・陳情
します・・・人形自体は、元町内に住んでおられた七条左京という名仏師にお願いするわけですが
その七条左京さんにしても、稚児人形など作った事がなく、たまたま御所へ出入りしていた事から
一条忠香卿にその苦心が伝わり、それなら長男の実良が年の頃もよろしかろうとモデルとなられ
造り上げられたのが、この稚児人形です・・・その後、「嘉多丸」という名と衣装一式も賜ります
人形さんの費用については、これも近隣のご町内からの寄付だったとされています
されず、ようやく天保10年(1839)に再建が叶いますが、まだお稚児さんを出せるほどには
復興されておらず、商家も少なく、やむなく人形のお稚児さんを乗せることをご公儀に届出・陳情
します・・・人形自体は、元町内に住んでおられた七条左京という名仏師にお願いするわけですが
その七条左京さんにしても、稚児人形など作った事がなく、たまたま御所へ出入りしていた事から
一条忠香卿にその苦心が伝わり、それなら長男の実良が年の頃もよろしかろうとモデルとなられ
造り上げられたのが、この稚児人形です・・・その後、「嘉多丸」という名と衣装一式も賜ります
人形さんの費用については、これも近隣のご町内からの寄付だったとされています
この元の衣装は西陣織組合から新しい物を寄贈され、反対に寄付・保存されているようです
さて、「嘉多丸」くんのモデルになられた“一条実良”さんはというと、明治天皇の皇后陛下の
お兄様にあたる方で、軽々しく「嘉多丸」くんなんて呼んでいる場合じゃないんですヨ
お兄様にあたる方で、軽々しく「嘉多丸」くんなんて呼んでいる場合じゃないんですヨ
おまけに

こんなお姿まで写真に撮るなんて、バチあたりなことを
「嘉多丸」くんは、巡行が終わると普段着にお着替えになり倉庫でお休みされます
そして、6月末にお出ましになり、すっかり上から下までお着替えになり
祭壇で巡行当日をお待ちになり、当日には鉾正面で巡行の無事を見つめられます
本当に170年もありがとうございます・・・今年もよろしくお願い致します

函谷鉾はこの2本の幡が先導させていただきます