


この塔自体は室町時代(1442)の建立とされていますが、もともとは、智泉大徳僧正の入滅後
10年に仁明天皇がその遺徳を偲んで建立されたとなっています(古い資料は焼失していて不明)


智泉大徳により報恩院が建立され、嵯峨天皇が皇子の誕生を祈願され、誕生されたのが後の仁明天皇
で、皇后はたいそう喜ばれ堂塔伽藍を整備され、寺号を「岩船寺」とされ大いに栄え、広大な境内に
39もの坊舎の偉容を誇っていたそうですが、承久の変で大半が焼失し、その後も再度の兵火にあう
それでも、江戸時代に初期には何とか十棟ほどが残っていたようですが荒廃していて、当時の住職
文了律師の勧進と徳川家の寄進により、本堂他の修理がなされたと伝わっています
この興福寺のお寺の末寺になっていたようですが、現在は真言律宗の寺院です



書きながら気がつきました・・・なに焦ってたんだろ


左前が増長天、そのうしろ広目天、右前は持国天、そのうしろ多聞天です


十三重石塔です
妙空僧正により正和3年(1314)に建てられたもので重文です

自ら不動明王の立像を彫られ祀ってあります・・・石室不動明王立像


