ハイレベルはきちんと崩す
整った、崩したという感覚的要素につきまとう暗黙のコードは基本的に大きな時代の美意識だ!
クラシック、モダン、ポストモダン・・・。そして、カジュアルやアバンギャルドといった象徴的イメージだ。
どんな技術も時間をかけて進化してきたし、流行は様々な形を作りながらも根元は「整える」から「崩す」への流れだったからだ。しかし、どちらとも時代との偏差値が勝負だ。時代的に古くからあった美意識は整えること=秩序を最重要と考えたから「整った」美しさは、クラシックというイメージのコードを持つ。次に「整った」美しさが簡略化され新しい美しさをつくる。世の中の広い範囲に速く浸透する平均的にそこそこ美しい物が増え美意識は薄くなる。たっぷり、きちんと「整った」美意識がうっとうしく感じた多くはカジュアル、ナチュラルを好む。
平均的なものに勢いが増してシンプルで美しいものと似て非なるものの境が曖昧になる。明らかにひどい偽物がいっぱい出回る。「崩れて」もないけれど「整った」美しさもない。どこをみても気持ちがすっきりしない。だったら逆にはっきり「崩した」ものの方が面白くて新鮮だと感じるようになる。ポストモダンの美意識が生まれる。
すると、いや~昔からあった「整った」美しさの方がいいのだという回帰現象も起きる。ほんもの、ベーシックという言葉が多用されるのはこの時だ。目の前の平均的に「整った」ものが次々に捨てられていく。不要なものもこれから先まだ必要なものと混じりあっている。逆方向の二つの指向の間からやっぱりあれは必要だったと捨てられかけたものの何かが再浮上する。本来もっていた「すっきり」に磨きをかけて。
すると、二方向の振り子が行き過ぎた所から戻ってくる一方は「たっぷり」と「整った」ものの上質な分をもって。
もう一方は「崩した」面白さと新鮮さを持って・・・。
僕らが創るヘアーデザインは感覚的という表現をされがちだが、実はデザインには法則があるのです。
街で見かけるヘアースタイル、ファッション、・・・。なんだか違和感を感じることありませんか?
『美意識のすすめ』
つづく・・・。