先日、都内某所にある、模型・プラモデルの老舗T●MIYAのアンテナショップである

「T●MIYA PLAMODEL FACTORY」へ行って来た。

関東ではT●MIYAの全ての商品が揃うプラモデルのアンテナショップは初とのこと。

(普通は、銀座のH●Mとかそういうのを書くべきだが、俺は男なので、そういうのは書かない)


中学の頃、部活とは別にクラブというのがあり、そこで模型クラブ(ひたすらガンプラ作って、麦球を入れて改造したり、カーテンを閉め切って、オートマチックなのに手で1回1回ガチャンと空気を装てんするブローバック式のエアガンで、先生が飲み干した空き缶の上にマジックとかを置いてBB弾を撃って遊んでいた。)

に入っていたし、

高校でも、幽霊部員だったけれど、プラモデル部だった。

高校へ行くと、剣道や柔道など、格段に周りが強くなるが、

プラモデル部も本当のプラモデラーっというの?が集まっていて、

「このテールランプの下地の色がね・・・」とか、

ホイール(タイヤ)を使い込んでいる様に見せる為に、ヤスリで削って・・・とか、

エンジン部分(プラモでもボンネットを開けると配線やエンジン部分まで再現する)の駆動がこうで・・・とか、

バイクのタンクの部分は、下地に銀を塗ってから、ヤスリで削ったりして質感を出せ!!だの

工業・電気科もあったからかもしれないが、

(ガンダム?エアガン?、フンって感じだった。「何作っているの?」と訊かれて本当の事は言えなかった。)

凄くこだわっている方々ばかりだった。


やっぱりこっちもカーテン締め切っていて、

真っ暗な中、シンナー入りの接着剤を使って、作っていた。

(最初、黒魔術の様な感じで違う事しているんじゃないかと、とても怖かった)

で、確かその部室は、僕等が入部して3日で無くなり、行く所が無くなった。


今一緒にやっているデザイナーの「昆虫の世界」のジオラマも、北海道の博物館に展示してあるらしい。

(そういうのが、仕事になるんだね!!?)


細かい事が苦手なB型の、超安易な気持ちで入った俺も、文化祭などで年に数回は作っていたから、

多少、教えてもらったり、思い入れがあって(男は何歳になってもそういう世界観が好きなものだと思う)

偶々ここを見付け、オープン初日近くだったのか花束が並んでいたので、飛び込まずにいられなかった。


T●MIYAは 戦車や戦艦大和などのミリタリー系や、RC(ラジコン「ホットショット」とか有名)・ミニ四駆が主力商品だが、2階の催事場(RCやミニ四駆のレースが出来るスペースになっている)で、T●MIYA の歴史展というのをやっていた、日本最初のプラモデルの事や、本田宗一郎がF1のプラモデル第1作目を手にする写真、家内工業で起業してからの火災などの苦労・あの☆★2つの誰もが知っているロゴ・デザインに辿りつくまでの歴史がパネル展示してあった。


パッケージデザインで言えば、その商品の絵だけ描いて、

箱の背景を描かずに白色にしたのはT●MIYAが初めてだったとのこと。

当時、白色の箱は時間が経つと黄ばんでくるので、どのメーカーもお店も嫌って、

T●MIYAも1回断念したが、ニスの塗装技術が向上してくるにつれ、

少しづつ黄ばみが抑えられる様になった為、意を決して業界初の白パッケージとして発表した。


結果、棚に並んだ時に白色の箱は目立ち、売り上げが伸びていったとのことだった。

あの有名なロゴ・デザインが映えるのも白色パッケージだからではないだろうか?

因みに、黒い食品で成功した初めての商品はコーラ。

(スーパーマーケット関係の媒体を30年間出されている人と一緒に仕事をした時におっしゃられていた。)


WEBデザインのHP営業を手伝い始めた時デザイナーが言っていた言葉を思い出す

「色には意味があるんだよ」と。


平尾 健