あなたは待つことができますか?
自分にとっては些細な問題でも、当人は悩んでいる。
そういう時、つい、「こうするといいよ、あれもできるじゃん、やりなよ。大丈夫だよ」て励ましたくなる。
励ましたが、当人がアドバイスどおりに動かず、いらいらする。
そしていつの間にか友達と疎遠になっていく。
良かれと思って友達にアドバイスをした。これって、実は自分の「人をコントロールしたい」というエゴを満たしただけ。友達には試練でも、それは学ぶべきことがあるからおきてる試練。自分のエゴで終結させていいのだろうか。
よくない。
本人が、何が問題で、こういう課題があった、と気づくまで待つ。
絶対気づける人だと信じる。待つことは、忍耐力と信じ続ける心の強さが要求される。
待つことができるようになるとと本当の成長、結果がやってくる。
「待てば海路の日よりあり」「人事を尽くして天命を待つ」
待つことの大切さは昔から言われている。
「どうにかしたい」
「さらに上の目標を目指す」
「どうしても悪影響のある人と縁を切りたい」
何とかして手に入れたい結果があると、人はあれこれじたばた動いてしまう。
でも、じたばたしなくていいのだ。
本当に悪影響があって縁を切りたい、きる必要があるなら、必要最小限の行動だけで切れていくのだ。
むしろじたばたしたら、その分だけしっぺ返しがやってくる。
本当に助けたい人がいたら、必要最小限のアドバイスだけで、助けられるのだ。
やりすぎは自分のコントロール欲を満たすだけ。
って、とても深くてためになる話を、自分のためにまとめてみました。
「待つ」って、なかなか難しいですね。
待つと「恐れ」が出てくるからだと思います。
結果の出ない恐れ。何かを失う恐れ。
というわけで、次は「恐れ」について。