ソルブリッジ国際大学(韓国 留学)
おはようございます!
ソルブリッジ国際大学 リージョナルマネージャーです。
こちらも暑い日が続きます。
梅雨
ですね。
昨日は突然の仕事で更新できず、すみませんでした。
今日は、エンディコット学長の紹介パート2です。
エンディコット博士は、アメリカ政府で31年間勤務したあと、
1989年7月にジョージア工科大学の国際関係学教授として就任しました。
それまでの経歴も米国空軍の28の機関、および国防総省のシニアエグゼクティブサービス
のメンバーなど、彼は、様々なポジションを経ています。米国空軍士官学校の政治学部門の副校長、
空軍本部や国防総省の計画策定や指導者職のための国際教育、
安全保障理事会や国連軍のスタッフ委員会、
国防大学の学部長など多岐にわたります。![]()
彼が長年の経験から関心を抱いていたのは、
北東アジアにおける限定非核武装地帯の構想でした。
以下は引用です。
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米空軍に28年間在籍し,核兵器標的将校(退役当時は大佐)をつとめた
ジョージア工科大学のジョン・エンディコット教授にインタビューしました。
彼は北東アジアの限定非核地帯構想を提唱して,8年になりますが,
当初は日本の核武装を防ぐことが最大のテーマだったようです。
この日本の核武装を防ぐための非核地帯構想をつきつめてきて,協調的安保プロセス
に思い至ったとエンディコット教授は述懐していました。
この99年10月に箱根と東京で開かれたエンディコット氏らのシンポジウムでは,
質問者から「ヘビースモーカーが,禁煙を論じているようだ」と言われたそうです。
確かにエンディコット氏はかつての府中の米空軍基地にも,ハワイの太平洋空軍司令部にも
いましたし,戦略空軍の中枢部にいたときに起こったキューバ危機では,
30分以内に大統領から核のボタンを押せ
と命令が出るかもしれないという状況の下で,現場担当者として立ち会ったそうです。
その時は将軍までがエレベータで深いところにある地下司令部に降りてきて
「最愛の者に一本だけ電話をしてよい」
と言ったそうです。
最後のお別れの電話です。しかし実際には,お別れを言ってはいけない,
なぜ電話をしているのかを説明してはいけないと命令されたそうです。
奥さんや家族に電話して,今日の晩ごはんのメニューは何かといった,
あたり障りのない言葉を交わすことだけが許されたのです。
自分たちが核ミサイル発射のボタンを押せば,
ソ連からの報復核ミサイルが確実に飛んでくるという
非常に怖い緊迫感があったそうです。
そういう核の恐怖を実感した人が非核地帯化がよい,
日本の核武装は困る,
米国も中国もロシアも可能なところから非核地帯化に
乗るべきだという主張をしているわけです。
(佐々木芳隆 「北東アジアにおける日本の位置付け」『平和戦略国際研究所所報』1999/2000)
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国際政治に関しては少しかじった程度しかないのですが、
おそらく多くの日本人にとっては平和への意識と戦争への危機感の乖離が大きいのは、
エンディコット先生のような経験者少ないのも原因かも知れません。
話が重くなりましたが、本人(エンディコット)とこのことを話して頂いたときには、
軽く笑いながら話されるためか、リアリティより理論的な重要性のほうが感じられました。
それではまた!
