我が家の大学受験を振りかえる時、この問題から目を背けるわけにはいきません。

 

もしも子供が一人だったならば、最初から私立医学部でもOKぐらいの気持ちでいたでしょう。

 

私大医学部を複数校受験して後ろ盾を得られるのなら、たぶん国医の受験校は変わっていたように思います。

 

慶應、慈恵、日医、順天堂あたりまでで合格を取れる自信があっても、子供達二人共に私大医学部となると学費に交通費、その他諸々で合計5000万ぐらいはかかってくると思います。

 

たまに『奨学金を借りれば良い』とか『地域枠を使えば良い』とかおっしゃる方もいますが、私個人の考えでは否定的です。

 

給付タイプの奨学金、地域枠での奨学金では、単位を落として留年した場合にどうなるか知っていますか?

6年もの長い学生期間に大学を辞めたくなったり、医師になりたくなくなったり、本当にあり得ない事だと思いますか?

 

奨学金ありきの医学科進学で、途中で何かしらの想定外のことが起これば奨学金は打ち切られます。

 

その時にどうしますか?

 

 

子供達の未来は、子供達次第で良い。

心が疲れてしまう事もあるかもしれない、どうしても大学内で馴染めないかもしれない、医師という仕事への興味が失せてしまうかもしれない。

普通にあり得ることだと思ったんですよね。

 

 

 

二人共に私立医を想定した場合、私たち夫婦の老後の心配まで考えてしまいそう。

子供達のこれまでの教育資金は、子供達の未来への投資であって、私たち夫婦が将来に恩恵を受けるものではない。

 

かかったお金は消えて溶けていくお金だと思っている。

 

 

どちらか一人がしかたなく私大医学部ならばしょうがないが、最初から二人共に私大医学部に落ち着くような勉強をしてほしくはない。

 

 

一人目の受験の時に『出来ることなら国医』という話しをしていた。

『そうは言っても縁がなければ私大でも仕方がないよね』という感じ。

 

そうやって一人目の受験を乗り越えさせてしまったため、二人目の時だけ『私大医学部でも全然良いからね』などとは、決して一人目の前では言えない感じ。

 

 

出来ることなら現役で国公医という考えのもとでは、どうしたって国公医受験はA判定B判定での受験校選びになってしまう。

後期で安全校に出願していたとしても、コロナもあったしチャレンジ受験はしづらい。

 

中学受験でもそう。

渋幕や海城があるから開成に臨めるのであって、一本しか矢を持っていなかったとしたら不安に苛まれていたことと思う。

 

うちのような家庭は別に少ないわけではないと思う。

 

中学受験では塾通いの費用をかけ、私立中学校・高校と学費をかけながら鉄緑や駿台・SEGや平岡などにそれなりの塾代を払い続けてきたご家庭。

 

そんな思春期の子供達に教育資金をかけながら、複数の子供達に私大医学部の学費○千万円を貯めることは生半可ではない。

実際、これはかなり痺れる。

 

そういった経緯からの『医学部に進むのならば出来れば国公立医で』なので、まぁ普通と言えば普通の感覚だと思う。

 

 

なので、いくら『上位医学部だから』と言っても私大医学部よりは我が家は国公立医学部なんだよね。

 

 

浪人を覚悟しているのなら良いのだが、できれば現役で!という気持ちがあると、どうしたってA判定B判定を選びがち。

 

 

 

 

終わってみて思うのだけれど、駿台全国や共通テスト、センター試験のリサーチなど、あれでA判定B判定上位ならば実際はかなり余裕がある受験のように感じる。

 

受験生を抱えている親の頃には、いくら大丈夫そうでも不安だ。

でも、時間が経って冷静になってくると理解できる。

 

二人共、進学先の医学科一般受験出願者数と比べると上位3%以内で合格した。

 

石橋を叩きすぎたのかもしれない。

 

唯一の救いは、二人共に楽しそうに通って行ってくれること。

医学科だから当然だが、二人共にまだ1単位も落としたことがないこと。

 

正しかったと思いたい。