いつも私なんかが書くブログを見て頂きありがとうございます。
読んでいただいた皆様に何かヒントを感じて頂ければ嬉しいです。
突然の、イギリスEU離脱で前回は書けませんでしたが
前回の続きのタウン化計画の全貌とグダグダ経営がブラック企業へ変貌していく様子を
書いていきますね。
(当時の社長にテレビのしくじり先生に出てもらいたくらいの内容です)
入社して、わずか3ヶ月程で配属先の店舗が閉鎖になってしまうかもと店長から告げられるところからですね。
その話を、初めて聞いた時は正直自分たちはどうなるんだろうと思いました。
もともとその会社はア◯マンショップから独立した会社で(上層部がいまのアパ◯ン社長と意見の違いで会社を割ったらしいですが・・・)全国展開していて多い時には100店舗だったか?全国にある程の会社でした。
それほどの会社がなぜ?短期間に倒産してしまったのかと読者の方は思うと思いますが・・・・
周りの意見を聞かずにワンマン社長が突っ走った結果だと思います。
(社長に対しては側近も意見は一切できずイエスマンしか側近にいなっかたと思います。)
ワンマン社長の思いつき?なのか会社はタウン化計画を進めることになっていきます。
(読者の方には知ってる方もいるかもしれませんが全貌はこんな感じでした。)
福岡市内にあった各店舗を閉鎖して福岡天神のBIVIの&6Fのワンフロアーを全部借りて(毎月の賃料だけでも3,000万円でした。)内装費用を2億~3億円かけ閉鎖した店舗の従業員100名を集め福岡市内全域を紹介できる店舗(タウン)として約12店舗を閉鎖して天神BIVIの1か所へ集約したのです。
毎月の支出が約8,000万円程で収入が良い月で5,000万円ほどでしたから毎月赤字の状況でした。
その結果、加速度的に倒産へ向かって突っ走って行きました。
私が考えるに、6つのことが幾重にも絡み合った結果だと思います。
①親会社の社長がワンマン社長で誰も逆らえなかった。
(私を採用してくれた木◯社長は賃貸部門の子会社で親会社の社長がとにかくワンマンでした。)
②好立地に展開していた各店舗を閉鎖し大型店舗へ併合してしまった。
(実は、アパ◯ンから独立した際に各店舗はアパマンの名義で賃貸契約を結んでいたので◯◯◯レジデンシャルはまた借りしている状態でした。社長曰く『ア◯マンへお金を払いたくない』とボヤいていたそうです。折角の好立地に店舗を構えていたのに下らないプライドで手放してしまいました。)
③初期の設備投資に費用をかけすぎて広告費用に回っていなかった。
(開店初日に飛び込みのお客様が0件だったのです。(間違って入ってきてまぁ相談しようか)程度でした。なんと広告宣伝を一切しない状態で開店していたのです!!まさにノープランでした。)
④各店舗を集約したのに従業員があまりにも多く固定経費がかさんでいた。
(その事には上層部もすぐに気付いたようでリストラする為にその後の暴力と罵声に変わっていきました。)
⑤試しに福岡だけやるんじゃなくて一気に全国で仕掛けてしまった。
なんでも成功するかどうかわからない事に対して一気に投資しないと思うんです。
(福岡、関西、関東、愛知?、北海道)だったと思うのですが全国に100店舗程あったのを2/3を閉鎖して5か所のタウンへと統合してしまいました。)普通、不動産賃貸って地域密着で駅前とか大学の近辺とか需要がある地域にあるのがいいのに一気にまとめちゃったのです。😣・・・・
⑥従業員の心が離れていってしまった。
(いくら大きな会社でも所詮は人の集合体でしかありません。ましてや営業会社は人ありきなのです。それすらわかっていなかった甲斐◯社長は自分自身を過信していたんだと思います。『実るほどこうべを垂れる稲穂かな』この精神がトップになければいずれその会社は縮小していくと私は思います。)
当時、上層部は出来ない社員からリストラしていく為に暴力や暴言を従業員ルームで行っていました。当然、100名の社員が見ている前でですよ。
まずありえないことですがその事が日常化していくと出来る営業マンからヘッドハンティングで辞めていき出来ない営業マンは転職先が無いので暴力を受けながらも会社にしがみつき、社内の雰囲気は毎日に重くなり悪くなる一方でした。
(なぜだか、社内不倫も多かったですね?なんでだろう?ストレス発散かな?)
私はというと、契約が取れないと後頭部に延髄蹴りをされたり罵声浴びせられたりしていました。
この短期間で、ずいぶん人の性格や態度も変わってしまいました。
(甲斐◯社長のプレッシャーで各店長も数字に追われいつ自分がクビになるのかいつもビクビクしている日々でした。なので一件契約を外すと『なんでかなんで決まらんのか?』契約が決まると『入金はまだか?』『入金を巻け巻け』と常に従業金はプレッシャーで潰されそうでした。しかもみんなの目があるので営業時間が終わっても帰れない!仕事が無いのに夜中の1時まで会社に残る日々が続きました。)
そのせいなのか、入社時の体型が身長が180㎝に対し70キロだったのですがタウンに移ってから58キロに減少してしまいました。(毎日、フラフラで満員電車に乗って通勤してました。)
しかし、私には止められない理由があったのです。
その止められない理由とは関係なく、ある事件が起こってしまうのですが続きはまた次回!
最後まで読んでいただきありがとうございます。