いつも、ブログをご覧頂きありがとうございます。
今回は、前回の続きを書く前に過去を少し振り返りたくて私の母親の話をブログを書かせていただきます。
どうして、母親のことを書くのか言うと家族の為に一生懸命仕事をしている人の中にもいまの人生に疑問を持っている人がいると思います。私の母は頑張り屋さんでしたが頑張りすぎた結果がどうなったのかを書くことで人生で本当は何が大切なのかを考えるきっかけになるんじゃないかと思って書かせてもらいます。
私の母は、47歳の時に癌で亡くなりました。
私が12歳(中学校1年生)の時です。
とても、我慢強い人で弱音を吐いたところを見たことも聞いたこともありませんでした。
自分のことはいつも後回しで・・・・子供たちの幸せを考えているような人でした。
父と母の出会いはお互いの祖父が話し合ってお見合いをさせたのがきっかけでした。
母は、お見合い結婚には余り気分が乗らなかったそうですが父親の見合い写真があまりにもカッコよかったので
一度、会ってみたいと思ったみたいで
私の父親は、無口でしたが顔は彫りが深く若い頃はカッコよかったそうです。
そんな、父親に一目惚れした母親は結婚を前提に付き合いが始まったそうです。
しかし、父親はある秘密を隠していました。
以前、ブログにも書きたと思いますが私の父親はあ『統合失調症』を患っていましたが
その病気は、20代前半に発症していました。
母親と出会った時にはもう薬で抑えながら日常生活を送るしかなかったのです。
お見合いの翌年には結婚して、長女(姉)を授かった頃から母親は気づき始めました。
毎晩、父親が大量の薬を飲んでる姿や眠れない日が続いたりする姿を・・・・
当然、本人(父親)に問いただしたそうですが答えてくれなかったそうです。
母親は父の母(祖母)へ問いただしたのですが・・・・・
『あの子は病気なんよ・・・でもね。そのことを話したらあんたは嫁に来てくれんじゃたろぉ』
『だから、黙っとたんよぉ・・・・』(祖母)
その話は母が亡くなってから聞きました。母は隠して結婚させられたと祖母と父を憎んだそうです。
しかし、長女(姉)が生まれ毎日が幸せだったとも言っていたそうです。
母親はこの頃から、決断したんだと思います。自分が家族を支えようと
父親はいつ働けなくなるかわからない、その時の事を考えながら仕事を始めることにしたんだと思います。
今でこそ、共働きも普通のことですが当時は専業主婦が当たり前の時代でしたので
母親の行動に祖母は反対したそうです。
結婚当初、祖父の家に2世帯で住んでいたので自分たちの家を建てる為にも母は仕事を頑張っていたと思います。
そんな時、不動産会社から安い分譲地を紹介されて現金で購入したのですが・・・・
母は、運悪く騙されてしまいました。
なんと、家が建てれない分譲地を買わされてしまいました。被害世帯は50世帯ほどが被害を受けたのです。(今では考えられませんが当時は稀にあったそうです。)
土地の購入資金を騙し取られ家が建てれない土地だけが残りました。
購入資金が無くなってしまったので、祖父の家の敷地内に自分達の家を建設することになってしまったのです。
当時、住宅の建設費を住宅供給公社から1000万円借り金利は6パーセントだと聞いてます。
母は、自分が不動産会社に騙されてしまった責任と住宅ローンを早く返済しようとさらに必死に働くことになるのでした。
ただ、家族の為に良い生活をさせてあげたいと必死だっただけなのに・・・・・・
母の不幸はまだ続くのです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回の続きは、そんな母親の最後です。
