記事「もうひとつの真実」について | Lovely Lovely

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大好きなもの、大切なものに囲まれた愛しい日々に感謝しつつも…たまにはデトックスだって必要ってことで♪

先ほどの記事は、

偏る見方や報道に対して「もうひとつの真実」を知って欲しい

そう感じ記事にしました。


私は聖火リレーおよび北京オリンピックを指示する方々にも、

同意できる部分が大いにあります。


聖火リレーを繋いでいく人や

オリンピックに参加する選手には罪はないですし、

あくまでもオリンピックの一環であるリレーと限定して見るなら、

FREE TIBETを訴える方々の行動は

正しいものばかりとは言えないですから。


しかし、なぜこの機会に起きたのか、

なぜこのような主張が訴えられるのかにも、

もっとスポットを当てるべきなのではないかと思うのです。


主張の仕方が間違っているとして、他にどんな方法であれば、

今回のようにチベットで起こっていることを

ここまで世界中に発信することができたでしょうか。


報道に大きな規制のあるチベットの方々が

この機会に行動したことは心理的にも物理的にも理解できますし、

チベットの状況を知った方々が、

報道に規制のある現地の方に代わって

現状や主張を訴えたいという行動も理解できます。


確かに「非暴力の抵抗」への深い理解を得る前に

声を荒げている方々も多いと感じます。


それらの行為や中国の小数民族政策の内容は

大きな問題も孕んでいますが、

しかし、それらを内包しつつ問題として取り上げ考えるという行動は

止めてはいけないのではないか、と思うのです。



また、少数民族政策は国が行っていることですので、

世界各国の倫理観に基づいて間違いや賛同を主張するには

難しい背景があることも分かります。


国が主張できない部分があるだけに、

民意を放映でき政府から指導を受けられる立場のマスコミは、

政府に右倣えではダメなのだと理解しできることを考えて欲しい、

そう思うのです。
 

憂さ晴らしに行っている行動と本来の主張を見分けたり、

感じたりする機会を直接の関係者にはない自分たちが得るには、

偏った情報では難しいですから…



今回はフライング気味でしたが、私は事実が知りたいのです。

まずは言動の基盤となりうる自身の真実を得たい、

そのために。