大学を卒業した翌々日。突然近所のおばさんが聞いてきた。
「桃ちゃん、彼氏は?結婚はいつ?」
……あのさぁ、私、やっと恐怖の卒論から解放されて、卒業証書を手にしたばかりだよ。期待に胸ふくらませながら、春から社会人になろうって人にどうして、出鼻を挫くようなこと言うかなぁ。なんでそんなすぐに結婚しなきゃならんのだ?何のために今まで勉強してきたと思っているのだ!馬鹿にするな!

煮えくりかえるハラワタを必死でなだめ、顔面に痙攣する作り笑いを貼り付けて「いやぁ、まだなかなかイイヒト現れなくて。誰かいたら紹介してくださいね」とリップサービス。
(後日、このおばさん、本気で見合い話をもってきた。冗談じゃない!)

しかし、これはほんの序章にすぎなかった。戦いの火ぶたはその瞬間切って落とされていた。
「彼氏は?結婚は?」攻撃は、その後数年間にわたり、延々と続いた。
追い払っても追い払っても、思いがけない時に思いがけない所から次々と攻撃を仕掛けてくる無数の敵。まるで泥沼のゲリラ戦に足を突っ込んだようだった。ほぼ初対面に近いおばさんまで突如攻撃を仕掛けてくるのにはまいった。

やっとこの戦いが終息を迎えたのは、私の結婚が決まった時。
「桃ちゃん、彼氏は?結婚は?」たいして親しくもない母の知人のおばさんから聞かれた瞬間、私は待っていましたとばかり、笑顔で答えた。「おかげさまで決まりまして」
その瞬間、おばさんの「チッ」という舌打ちが聞こえた、ような気がした。

私は心の中で勝利の雄叫びを上げた。
「うおおおおお!私は勝った!勝ったのよー!」

しかし、事は簡単ではなかった。結婚「直後」から新たなる攻撃に変化して、ゲリラ戦が再度展開されたのだ。
「桃ちゃん、結婚したのねぇ!おめでとう!……で、お子さんの予定は?」

嗚呼、この「お子さんは?」攻撃ほど女にとって残酷なものはあるだろうか。自らの信条であえて「産まない」ことを選択した人なら、まだいい。欲しくても授からない人だってたくさんいるのだ。この、罪深き無邪気な質問攻撃から逃れるために、従姉妹は親戚の集まりにさえ一切顔を出さなくなった。彼女はもう何年も辛い不妊治療に耐えていた。

だから、一人目の子どもを妊娠した時、私は心底ホッとした。
ああ、これでもう何も言われなくてすむ。「お子さんは?」攻撃から逃れられる!

……ところが、世の中そんなに甘くないと思い知ったのは、一人目を産んで退院した直後のことだった。病弱な息子を髪振り乱しながら必死に育てている私をあざ笑うかのように、ゲリラたちは口々に言った。
「あらあ、お母さんになったのねぇ!で、二人目は?一人より二人の方が良いわよぉ!一人っ子だとワガママになったら困るし」
……余計なお世話じゃクソばばぁども!一人っ子の私は心の中で何度も口汚く罵った。

どんなに状況が変わっても、ウィルスのごとく変化しては目の前に立ちはだかる攻撃の数々。それでも二人目を産んで、事態は小康状態を保っている。このご時世、さすがに「三人目は?」と言ってくる人は稀なようだ。

しかし、私は忘れない。母が憤然として習い事から帰宅してきたあの日のことを。
「あー、もう嫌になるあの連中!人の顔を見れば必ず『お孫さんはまだ?』って聞いてくるのだもの」